FC2ブログ

帰旭

2013/02/28(木)

 朝早く目が覚めた。そのときはまだ腫れてはいなかったが、荷物の整理を始めた頃からまた腫脹が強くなった。幸い痛みはあまりなかった。確実に改善してきてはいるのだが、すっきりとは直らないものだ。

 三日目は私は暇。12時半にはすべて終了した。比較的楽なサーベイだった。

 大江戸線で大門まで行き、そこから京浜急行で羽田へ。空港ではいつもの立ち食い寿司。ここのが、やはり一番おいしい。旭川が雪のため新千歳空港または羽田にもどるかもしれないという話ではあったが、無事旭川に着いた。

 こんなにたくさん飛行機に乗っていて、始めて、

医者か看護師の方はおられませんか”  

  というコールに遭遇した。どうしようかと思っているうちに前のほうの座席の若い看護師らしき女性が立ち上がって行ったので、少し遅れて私も行ってみた。たいしたことも無いようで、私が何かすることもないようだった。”何かあったら手伝います” と伝言して自分の席に戻った。

 責任の問題とか、訴えられた時には保険の問題とか、無闇に手をあげるべきでは無いという記事を見たこともある。しかし実際はやはり名乗りあげずにはいられないのだろう。大事にならなくて良かった。

 空港からのタクシーの中で、医師会長から電話あり。

 今日でもう2月も終わり。なんと日がたつのは早いのだろう。




スポンサーサイト



二日目修了

2013/02/27(水)

 二日目が終了した。

 私の足は改善してきた。
 さすがに今日の午後は ケアプロセスと部署訪問で歩く事が多く、杖をついて歩いた。サンダル履きになることも、車椅子を使う事も無かった。ただ、まだ ロキソニン を 一日2錠は服用しているが。これも3錠から減ったので、大きな進歩だ。

 受審側の病院の職員のご協力はすばらしく、楽にサーベイができた。夜の打ち合わせも7時半前に終了した。夕食は昨日と同じ場所。ちょっと飲んでしまった。明日の朝、足の腫れが増強してなければ良いが、、、




一日目修了

2013/02/26(火)

 ホテルには、12時までいるつもりだった。しかし10時半くらいになるとやはり落ち着かなくなった。足の状態は、疼痛はひどくはないが、腫れは何も改善していなかった。歩行は楽になった。階段を降りる時に、一段ずつそろりそろりと降りるということは無くなった。

 品川駅の構内で、立ち食い寿司。これは、昨日の回転寿司とは比べものにはならなかった。

 新宿駅まで行って、これから二日間世話になる ホテルに早めにチエックインができた。

 一日目は修了。初めに、私は 

  ”痛風となってしまって、まだ足がはれている。場合によっては、杖をついたり、サンダル履きでサーベイをするのでお許しを、、、” 

 と異例の挨拶をした。

 今は夜の食事から帰ってきたところ。焼酎のお湯割りを少々で私は我慢した。我慢することができた。




旭川⇒東京

2013/02/25(月)

 期待したほどは、右足は改善しなかった。腫れはかなりひいたが、患部の関節の周りはまだ、赤く腫脹している。階段の下りに、手摺りが必要では無くなった。

 何とか、最大幅の夏靴に足が入ったので、それを履いて空港へ行った。夏靴なので自分の車は当然使えず、タクシーの利用になった。杖も持参した。

 羽田空港では何とか歩くことができたが、心配なのでまずは、今日のホテルの近くまで移動することにした。今夜は、羽田エクセル東急 を利用。昼、夕を兼ねた食事は 、第二ターミナルの回転寿司。これはほんとうはまずかった。

 夜、昨晩録画した  ナクソス島のアリアドネ を鑑賞。なんとこれも、読み替えでは無いが、初演のままの 演劇とオペラの コラボ の作品だった。昨年の  ザルツブルグ音楽祭の Strauss はとにかく、並大抵のものではなかったようだ。

 明日は、チエックアウトを  午後0時まで延長したので、ゆっくりとしよう。腫脹がとれてくれれば良いが、、、

寿司を食べる時に、 冷酒を一合頼んだが、罪悪感があってそれ以上は飲めなかった。明日からどうしたら良いのだろうか。酒のことはどうでも良いが、ちゃんとサーベイで歩き回れるかがやはり心配だ。





甘い生活

2013/02/24(日)

 本当に久しぶりに  甘い生活 を鑑賞。ブルーレイの美しい白黒の画面に驚いた。解釈は相変わらず難しい。とにかく映像美は堪能した。他の作品もこれを機会に眺めて観ようと思う。

思えば、ベルトリッチ  ヴィスコンテイ   アントニオーニ  等々  イタリアの映画監督はすばらしい人々がいるものだ。

 足の具合は、改善が止まってしまった。明日、靴を履けるかどうか。

 階段の上りは楽になった。しかし下りは、両方とも手すりの支えが無しには降りることができない。足の甲の腫れはほんの少しひいてはきた。

 明後日の朝一便で上京とも考えたが、時間的にはギリギリで間に合う計算にはなるようだ。しかし、最近の雪の降り具合では、一便が動かない可能性も十分高い。それを考えるとやはり明日羽田空港に着いてしまうのが安心だろう。

  なんと、今日で 休肝日 は3日続いている。久しく無かったことだ。私も努力をしているのだが、足は治らない。




休日

2013/02/23(土)

 ある医師の 痛風体験談 が載っていた。10年前の記録だが参考にはなる。


 ありがたいことに私の疼痛と腫脹はかなり改善してきた。階段の昇降も楽にはなった。まだ 消炎鎮痛剤は 服用してはいるのだが、、、
 出張には行けそうな気持ちになってきた。

 ただ、一歩も外出していないし、歩くのも家の中だけで、これは太ってしまう。昨晩と本日と二晩続けて禁酒をすることができた。これは画期的なことではある。明日の夜はどうしようか。明後日からは適量はのまざるを得ないだろう。赤ワインが良いようだが、コンビニのワインではどうしようもないが、、、、

 後、残すところ一日半である。何とかすっきりと出張にでたいが、きっと辛いものになるのだろう。





足の腫れはひかず

2013/02/22(金)

 今朝もタクシーで出勤。なにしろ冬靴には全く右足が入らないので、駐車場からの2,300メートルの歩きが恐ろしい。夏靴でようやく出勤。正面玄関から入って、外来ホールについたが、そこから、職員玄関にあるの出退勤のカードリーダーまで30メートルくらいが痛くて歩けず。案内に待機している職員に、代わりにカードを通してもらった。

 午前10時頃、本日2錠目の ロキソニンを服用。午後から右足の腫れが強くなった。丁度、手術用のゴム手袋に空気を入れて膨らました時のような感じである。
 帰宅できなくなったら困るので、午後3時に早退とした。

 今日はホテルに宅急便で荷物を送っている。下着、ワイシャツ、セーター、替えズボン等とサーベイに必要な書類である。もう後には引けない。自分の病院の部屋では使っている、サンダルも家に持って帰った。念のために、サンダルも東京へ持参しようかと思っている。



2013/02/21(木)

 タクシーを使って病院には出勤できた。しかしどちらかというと、昨日よりは足が腫れている。歩くのが少し辛かった。それでも、杖を持参したのだが、なんとか使わないで過ごした。

 出発まで  金、土、日 しか残ってはいない。月曜日には羽田へ向けて出発だ。大丈夫だろうか。明日には宅急便で下着や書類を送るのだが、、、ドタキャンになったら、代わりのサーベイヤーは確保できるのだろうか。せめて、一日遅れでは間違い無く参加できそうだが、、、、、、

 5月のサーベイの予定が入ってきた。又、福島だ。仙台経由は、空港で牛タンを食べたりする楽しみはあるも、乗り換えが多くて疲れる。本当は、羽田へ行って、東北新幹線を利用した方がスムースだろうが、旅費が少し割高になるのと、やはり逆戻りをするというのは、生理的に何かおかしい感じが否めない。
 新バージョンの初めての経験になるので大事にしてみたい。

 夜、ホテルで地域連携の会があるのだが、大事をとって行かなかった。サンダル履きでも杖をついてでも、院長のときなら行ったのだろうが、、、

 又、雪で JR は動いていないようだ。今年はどうなっているのだろう。

出勤

2013/02/20(水)

 少し腫れが引いたようで、夏靴の一番幅広で格好の悪い靴にはどうにか入った。タクシーで出勤した。部屋にたどりつくまで、やはりかなり辛かった。部屋で履いて居る、サンダルが一番調子が良いようだ。しかし、恒例の検査室への朝の訪問はできなかった。

 二日間休んだだけだが、様子伺いの職員が数人。ありがたいことだ。事務部長が最近の情勢を説明にきてくれた。これもありがたかった。

 旭川市医師会の事務局長が、道医に届ける書類にサインがいるとのことで、訪ねてくれた。3月の道医の会長選挙の情勢も聞いた。私は代議員では無いので、投票権はない。
 私の4月からの役割だが、このままもし事態が推移すると、旭川医師会の事務局にもいろいろとお世話になる。

 昼休みに医局へ行って、該当科の部長に  尿酸 のことをいろいろと聞いた。最近  フェブリク  という、良い薬がでているとのこと。話をすればするほど、今回の私の  発作 はどうも  痛風 のような気持ちがしてきた。
私の外反母趾は左側のほうが強く今まで数回の発赤はいずれも左側だった。
 今回は外反母趾の程度が弱い右側に始めて起きた。さらに今までは今回ほど腫脹が無かったような気がする。鎮痛剤のお世話にも今回が一番なっている。

 食べ物に関する注意事項も聞いたが、取捨選択をして従うことにしよう。

  曲がりなりにも私も医者だ。

  たとえば禁酒などは、初めから無理な相談だ。しかしビールだけは止めにしよう。ワインが比較的問題が無いようだが、ちょっと意外だ。

 明日の地域連携の会合はどうしようか、迷っている。無理したら出席できそうだが、もし悪化すると来週早々のサーベイの仕事に差し障ることになる。





今日も病欠

2013/02/19(火)

 昨日よりは間違いなく痛みは改善した。病院へ行く用意をして、念のために靴に足をいれてみた。勿論、私の持っている一番幅広の夏靴である。しかし、半分も入らなかった。改めてみると、パンパンに右足が腫れている。サンダルも駄目。ビニールの袋で刳るんでというのも考えたが、雪で滑ることを考えると、諦めた。明日はどうやっても登院しよう。このままでは休む癖がついてしまう。

 昼前に旭川市医師会の事務局長から携帯に重要な電話があった。場合によっては3月10日に道医の総会に出席が必要なようだ。その夜は絶対に羽田空港に居なければならない。翌朝早くに、福岡空港→佐世保 と移動が必要だ。
  新千歳空港から羽田に行くことになりそうだ。




病欠

2013/02/18(月)

 疼痛は間違いなく昨日からみると改善はしている。しかし病院の中を歩けるほどには改善してはいない。当然、タクシーを使うのだが、それでも不安感がぬぐえずに病気欠勤とした。

 私の病欠はあまり無いのではないだろうか。腰痛で午前中休んでも、無理矢理に午後からでも出勤していた。尤も院長現職の時代と今とでは、環境が全く違うのは仕方がないが。
  皆が働いているのに家にのんびりといるのは、快適だった。足の状態はまだ快適とはほど遠く、何度も湿布を取り替えた。

 明日はきっと無理すると病院にはでれそうだ。昼食を下の  LAWSON まで購入にはいけそうもないので、弁当を作ってもらって持参しよう。




疼痛は改善せず

2013/02/17(日)

 朝、疼痛で目が覚めた。まだ午前2時半だった。ロキソニンを服用。冷湿布を当てるも全く改善せず。階段の上り下りが恐ろしくて、自分の部屋にも行けず。

 まんじりともせずに夜を明かした。痛みは午後になってようやく少し改善した。少し楽になると、今度は右足の外側が痛い。力をいつもは、使わない部分に懸けるものだからだろう。

 影の無い女(ザルツブルグ版)を見直す。ブログの説明を読んでも正確には理解できてはいない。ただ、以前よりは少し違和感が無くはなった。絵がきれいで、音が良いのがまずは取り柄だ。字幕付きの CD だと思えばこんなすばらしいものは無い。





不調

2013/02/16(土)

 一日中、足の痛みで何もせずに過ごしてしまった。ただ、座っているだけだから、これは太ってしまう。この調子では明日中に改善は無理で、月曜日休むことになりそうだ。父親が昔使っていた杖をついて歩いても、痛くてがまんできない。
 来週早々の機能評価のサーベイは大丈夫だろうか。杖をついてでも参加できなくては困ってしまう。

 影の無い女   の例のザルツブルグ版の解説として詳しい  ブログ を発見。勝手にリンクした。

 今日は必然的に   休肝日  。飲む気にもならない。





外反母趾

2013/02/15(金)

 朝起きた時には何ともなかった。しかし午前6時頃から、右母趾の付け根が痛み出した。今までは左の外反母趾で痛みが有ることがあったが、ここ一年以上何ともなかった。少し油断して新しい靴を慣らそうとここ二週間ほど履いて、登院した。その反動だろう。

 タクシーで出勤。自分の部屋まで結構大変だった。丁度今夜は妻の帰りが遅いので、下の息子と飲んで帰るつもりだったが、中止した。午前中にはますます増悪した。発赤もあり、トイレにいくのも辛くなった。

 午後3時に早退した。車いすでタクシープールまで送ってもらおうかとも思った。

 帰宅後、ボルタレンテープを貼り、風呂に入り少し楽にはなった。良かった。

もともと尿酸の値は少し高い。その昔一時は薬を服用したこともある。最近、ビールを飲む機会が多かったが、まさか痛風ではないだろか。




2013/02/14(木)

 かなり気候が落ち着いて暖かくなってきた。朝の出勤も楽だ。本当は早く歩いて登院できるようになって欲しい。最近はとにかく運動不足だ。院内を歩き回ることもやはり少なくなっている。心してかからなければ、足腰が弱ってしまいそうだ。

 今日、この次のサーベイの材料が届いた。有名病院であるのだから、期待したい。ずっと前に電子カルテかオーダーリングの見学に伺ったことがあるのを思い出した。当時、私の中学校から大学までの一年先輩の医師がいて、お世話になった。

  ホテルがすぐ隣というのは助かった。夜の食事の場所はきっと苦労しそうだが。

  新入院患者の一覧を眺めていたら、或る医師が入院してこられていた。もう何度目になるのだろう。今回も無事切り抜けてお元気になられれば良いが、、、一緒に仕事をしたこともあるので、気になることだ。

 比較的、暇な一日だった。




母の命日

2013/02/13(水)

 朝から少し二日酔い。昨夜は確かに飲み過ぎた。朝、検査室の巡回はサボった。日中、大事な電話が二件。今年はゼロかと思ったチョコレートが  W社長から届いた。御礼のメールをした。

 今日は母の命日ということで、隣の義兄の家で、孫達も集まって、ちゃんこ鍋。ちょっと早めに帰宅して、妻と桜屋に取りに行った。まだ薄明るくて、とにかく日が長くなった。孫達とは久しぶりに会った。二人とも元気だった。

  10日後に迫った機能評価の書類がまだ届かない。4月の案内も来ないから、これは当たらないようだ。4月は医師会の用事がどのくらいの頻度なのかも不明だから丁度好都合だが、、、、
 初めの数ヶ月は結構な仕事の量だと思うのだが。













同期と飲む

2013/02/12(火)

 日中は取り立てて特別のことは無かった。

 夜同期の二人と会った。始めて行く店だったが、我々のほかは一人のみの客。これでやっていけるのだろうか。他人事ながら、少し心配になった。

同期といっても札幌、旭川、網走とみな出身は違うが、、今も現役で働いていて、なにを話しても問題とならない気の置けない仲間で楽しかった。なんでも検診の業務で明日は道北に行くらしい。
それでも、病気の話が多くて少し気が滅入った。

 どうやって、家に帰ってきたかは良くは覚えてはいない。










体調不良

2013/02/11(月)

祭日。
気温は低いが、朝から好天。しかし、私は何か寒けがして、ゴルフの練習は行けなかった。妻と、生協等へ買い物。今日は空いていた。皆、雪祭りを見物にいっているのだろうか。そういえば孫達も顔をださない。
  その後は、確定申告をほぼ終了。このまま少し様子をみようと思う。又、新たに何か情報があるかもしれない。

  Arabella の DVD を鑑賞。今日のは、ルネフレミングの主演。指揮は先日のと同じく ウエルザー・メスト。
  これも面白かった。ただ、私の一番好きだったは、  若くて美人の  アシュレイパットナム が主演したものだ。あれだけ美形だと このオペラのいい加減な 話の流れが本当に思えてくる。
  ただ、残念ながら、レザーデスクは処分してしまったし、DVD は一度発売になったようだが、現在は廃盤になっている。HMV  への私の注文は宙に浮いたままになっている。

 そういえば アシュレイパットナム の噂は最近は全く聞かない。引退したのだろうか。






葬儀

2013/02/10(日)

   神道  の世界では何と言うのかは忘れたが、告別式に参加。今日は道路は走りやすかった。  男山酒造のあたりですごい人出だった。何か催し物をしているようだった。

  友人という方の弔辞を聞いていて、涙がでた。いろいろなことを思い出していた。
 
  午後3時からは、いわゆる繰上げ法要に参列した。開始時間が遅れて、その間丁度出席していた後輩の院長といろいろと話をした。頑張っているようで、嬉しかった。本当は羨ましくも思った。

  今日一日は、葬儀だけで終わってしまった。神道の葬式はそれこそ、今日の故人の祖父に当たる方の葬儀いらいだが、神道では  死後の世界 というのがあるのだろうか。

お通夜  確定申告

2013/02/09(土)

 午前中は札幌に行く息子を駅まで送った。その後は、確定申告にとりかかった。数年前からオンラインでできるようになって、計算する必要がなく楽になった。退職金に関してはもうすでに処理をされているので、今回は全く考慮しなくても良いようだ。この連休中に仕上がるだろう。

 夜、妻とお通夜に出席。永山だった。予測どおり、雪道の運転はやはり時間がかかった。早めにいったつもりだが、結構いい時間になった。すごい参列者の数で、珍しく神道でのお通夜で、玉串の奉奠 に時間がかかって、家についたら午後9時を過ぎていた。亡くなった長男とはほぼ同年で、遺影をみながら息子も生きていたらあのくらいになっていたのかと思った。

 明日は午前、午後と二度参列する予定で、それで一日が終わることになる。

訃報

2013/02/08(金)

 朝、病院に出勤したら、知人の医師 が亡くなったことを知らされた。長い闘病生活でまだ40代前半の若さである。彼は私の同僚の小児科医の息子さんだった。私たちが旭川に赴任したとき、父君とは隣同士のアパートで、そのときは彼はまだ赤ん坊だった。

 その後、成長して小児科医になり、父君の後をついで、日赤病院にも勤めて頂いた。特に教室に総引き上げをされて、小児科医がゼロになろうという危機の時にも、たった一人で赴任して助けて頂いた。
 室蘭に彼にお願いに行って、一緒にホテルで飲んだ時のことを昨日のように思い出した。

 病気がご病気故、いつかはこの日が来てしまうとは思ってはいたが、寂しい。明日がお通夜とのこと、家内とお別れに行こう。

 夜、購入してあった、  Arabella の DVD を観る。 私の最も好きなオペラである。 ブルーレイ では始めてでた版だが、  エミリー・マギー   というソプラノにはいたく感心した。ただ  バリトンが何か鼻に抜けるよう声質で感心しなかった。指揮は勿論すばらしい。総体てきに楽しい  Arabella だった。






アラベラ



安全衛生委員会

2013/02/07(木)

 昼前に安全衛生委員会が開催された。毎月第一木曜日に必ず定期的に開かれている。これは当たり前だが、立派なものだ。インフルエンザが蔓延しているという。職員は院内では皆マスクの着用を義務づけられている。
 私は自分の部屋では勿論着用はしていないが、それこそトイレに行くだけでも、マスクをつけていないと誰かに注意されそうだ。マスクの効用については、やや疑問もあるが、、、、

 また、ダイエットが少し一頓挫している。何か体の調子が悪かったりするとどうしても、食べてしまう。
また心して始めなくてはなるまい。

 日が長くなった。私は、午前7時半には病院に着いて、午後5時には病院を離れる。この午後5時が真っ暗だったのが、明るくなった。何かサボっているような感じがして、具合が悪い。

 ようやくレポート提出。今回は苦労した。また、すぐ今月末のサーベイの資料が送られてきそうだ。






産業医研修会

2013/02/06(水)


 日中、電話が数件。一つは旭川にいる同期から.札幌に在住する同期が旭川に来るので、会う相談。丁度何も予定がない夜で良かった。

 もう一つは機能評価からだった。3月は4月からのバージョンの変更前なのでさすがに受審病院が少ないようで私は当たってはいなかった。しかし何かの都合でキャンセルした診療のサーベイヤーがおられたようだ。その補充の依頼だった、なんと九州だった。お受けした。協力できるところはできるだけするつもりだ。

 レポートのもう少し。そこからが進まない。前回などはスムースに早く終わったのだが、、、、

 夜、グランドホテルで  産業医の研修会。これで半分くらいのノルマは果たしたのだろうか。メンタルヘルスに関する講義と何ともおもしろみの無い内容の希薄なビデオを見せられた。

 少し気にしている腹の具合は幸い何ともないようだ。




模様替え

2013/02/05(火)

 病院の自分の部屋を模様替えしてみようと試みたが断念。この狭いところで、どう頑張っても同じ事だ。パソコンに接続するディスプレイを大画面にかえようともしたが、これも中止。やはり大きすぎて見にくい。HDM1 でつながないといまのパソコンは  ブルーレイデスクは再生できない。すると音の問題が生ずる。うまくはいかないものだ。


 事務部長と少し話し合った。今日は敢えて話しはしなかったが、新年度になったら、機能評価の中間の反省をまとめておく必要がありそうだ。

 レポートはようやく、目処がたった。今回はどういうわけか苦労した。

幸い、今日は腹痛は起きなかった。






腹痛

2013/02/04(月)

 夜中に腹痛が有った。下痢はせず。あまりひどくは無いが、朝まで直らなかった。吐き気も無し。食事をすると反って改善する。良く考えたら、胃の部分よりも右側で、胆嚢の位置のようだ。

 まだ医師になってすぐのころ、市立札幌病院に出張しているときに、胆嚢炎になったことがある。結石は無かったのだが、一週間は入院した。
 その後5年間くらいは、時々痛みが起きて ブスコパン を常備して歩いたものだ。その痛みに似ていた。

 若い頃なら 炎症 を考えるが、今なら当然 新生物 を考えなくてはならない。本当は少し気になりだした。

 例の医師会絡みの話は院長にも話して了解をもらった。念のため事務部長にも報告しておこう。





吹雪

2013/02/03(日)

 朝から吹雪模様。寒気がして一歩も外へは出なかった。レポート作りも何となくその気持ちになれず進展しなかった。一日中ただ無為に過ごしてしまった。

 ただ、今夜は久しぶりに休肝日とした。

   夜、旭川市医師会長から電話があり、次年度の私の或る仕事を依頼された。
  まだ正式ではないが、明日院長にも相談しよう。病院の今の仕事になるべく差し支えないよう努力するつもりではいる。失いかけている、私の心の張りを取り戻せるので有れば、こんな良いことは無い。

  頑張ってみよう。




医師会新年会

2013/02/02(土)

 少し風邪気味。調子が悪い。風邪薬は我慢して服用せず。

 午後3時に花月会館へ。夜の宴会での年男、年女の出し物の準備。なにしろ96歳、84歳のかたも集まってこられた。 白雪姫 の練習をした。私は魔女役。皆、熱心に練習して、ビールで景気をつけた上で、本番を迎えた。勿論クチパクではあるが、張り切るから妙なものだ。白雪姫役の84歳の医師は、目張りまで入れてこられた。

 本番の前に口上を述べる役目もありそれも私の仕事だった。裃をつけてしゃべった。
 
 とにかく皆をその気持ちにさせた、幹事役の労を讃えたい。
 
 新年祝賀会はそれなりに盛会。いろいろな方とお会いして種々の情報があった。

 特に大学の同級生の病気の話を聞かされた。まずは私はいまのところ健康なのを感謝しなくてはなるまい。




東京⇒旭川

2013/02/01(金)

 三日目もどうやら終了。今回はいろいろと考えさせられた。ただ準備が十分的確になされていたので、審査自体は楽だった。

 羽田空港で、4時間も時間をつぶすことにはなったが、無事に旭川に帰ってきた。

 明日からまた飲む機会が続く。少し酒量を減らさなくては、、、





第2日終了

2013/01/31(木)

 二日目も無事に終了した。夜の打ち合わせもあまり争点は無く終了。食事に早めに赴くことができた。今日は昨日とは逆の方向にある和食のレストランだった。これもまあまあだった。ただ私は飲み過ぎだ。少し節酒を始めなければ、、、明日も明後日も又飲み続けの予定だ。

 病院に関してはいろいろとやはり参考になった。帰ってからうちの病院の職員にうまく伝える機会をつくりたい。職員というよりは病院の幹部に伝える方が大事かもしれない。

 電話が二件。ひとつは土曜日の医師会新年会の件。午後3時に早めに行って、出し物の練習をする羽目になった。なんとも面倒な事だが。
プロフィール

satoshig

Author:satoshig
 2012年4月から旭川赤十字病院の名誉院長 しております。
 現在の仕事のメインは同院の 常勤嘱託医師(検体検査管理加算Ⅳに該当する検査部門担当) です。
● 医療機能評価機構サーベイヤー
● 卒後臨床研修評価機構サーベイヤー


としての仕事も楽しんでいます。

 旭川赤十字病院には、1970年5月 から勤務し、副院長10年、院長を9年間 勤めさせていただきました。
 1966年北海道大学医学部卒業  もともとは脳神経外科医

リンク
最新コメント

最新記事
月別アーカイブ

フリーエリア
QRコード

QR

検索フォーム

RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム