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比較的に暇

2011/09/29(木)

 今朝も何か不安で練習には行かなかった。このまま今年は終了か、、、

 四役会議も今日は出張が二人いたので、早く終了した。その後私は貯まっていた書類の整理をした。たまには良いが毎日がこうなると問題だ。昼休みにかけて、 NETREBKO の I PURITANI をみた。これも感心したが、先日のソプラノの印象が未だ強く残っている。あれはとにかく素晴らしかった。良いものをみた。




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北大と日赤支部

2011/09/28(水)

 朝、ものすごい霧。ゴルフの練習に行くも、2箱で止めにした。どうも腰の調子が気にかかった。今週末の最後のゴルフは本当に大丈夫だろうか。

 まずは午前7時に病院へ。機能評価の補充審査の結果の書類を送る手配をしたり、昨日の忘れ物の確認をした。
8時半の電車で札幌へ。札幌もきわめて好天気だった。時間が有ったので、歩いて北大まで行き、さらに構内を歩いてみた。50年前の学生時代のことを思い出して懐かしかった。その頃の建物がまだ残っていた。クラーク像もそのままあった。ソフトボールをした中庭や教養の時に本部があった建物もまだ残っていた。

 北大の或る科の教授を訪問。結果は良しとするか悪しきとするか難しいところだ。ただ今後とも誠実に対処したい。ご厚意は非常にありがたいと思った。
  
 北大病院で,患者用の荷物運びのカートをみた。スーパーのカートと同じだと思うが。私たちの病院もああいうので良いと思う。きっとまた運用の面で解決がついていないのかもしれない。


 その後、支部を訪問。事務局長とお会いして、今後のことをいろいろとお願いした。帰途に北海道庁を通ってみたら、新しい彫刻が飾ってあった。観光客がたくさんいた。

 昼食は 駅の下の八雲で  いつもの鴨せいろ。ただ、今日はあまり感心しなかった。

  午後2時半の電車で帰旭。病院へはさぼって行かなかった。きょうの出張は本当は内容が重たくて疲れた。





勇駒別 天人峡

2011/09/27(火)

 好天気。朝決済等を済ました後に、外出。今日は昨日のU嬢に旭川近郊の自然を案内する予定だった。事務部長も今後のこともあるからと同行してくれた。

 ホテルへ迎えに行き、まずは勇駒別へ。黄色い色はあったが、残念ながら赤い色は全くみられなかった。そもそも私は今までここで綺麗な紅葉をみたことがない。
 まずは、ロープウエイで上に行った。天気は快晴とはいえず、さらに観光客で猛烈に混んでいた。私は腰痛が心配で、山頂駅から上には行かなかった。
  二人は姿見の池までは往復したようだ。山頂駅付近も赤い色はあまり見られなかった。ただ、雄大な景色は堪能できた。時には雲が晴れて旭岳の頂上が見えるときもあった。

 麓のホテルで昼食をとは思ったが、適当な施設が無く、天人峡に向かった。ここも紅葉にはほど遠かった。
ただ、渓谷美は素晴らしかった。
  羽衣の滝を  何十年ぶりかにみた。これは結構なものだった。もう少しうまく売り出すことはできないのだろうか。どこの観光資源にも、ひけをとらないと思われた。昼食は  天人閣。  古い施設だが、まだ営業を続けていた。

 空港に送り届け、病院に戻った。午後5時から、管理会議。一応は病院の最高決議機関であるが、今日は15分で終了した。

 明日は朝から札幌へほぼ一日の出張だ。北大と支部を訪問する予定。

 

秋日和

2011/09/26(月)

 朝の練習には今朝も行けなかった。やはり何となく腰の状態が気になる。今週末は大丈夫だろうか。

  四役会議では、いつものような内容だった。釧路に研修に行っていた,助産師が戻ってきた。喜んで張り切って勉強する姿は羨ましい。

 私は昼に向かって旭川空港に行った。院長連盟の U嬢 が 旭川に来られた。連盟の機関誌に掲載する私と病院の訪問記事を書くためである。いつも上京のたびに世話になっている。

 院長室でインタビューを受けた。実はそのためにこの週末には部屋の清掃をした。院内も案内して礼文島に出動した  ドクターヘリ の帰還の様子も一緒にみることができた。屋上のヘリポートは風はあったが、暖かく心地よかった。
 11月の総会には私は ドクターヘリ について発表することになっている。まだ当然なにも準備はしてはいないが、、、単純に出動回数は何回有って、、といった話にはしないつもりでいる。

 午後4時20分には、臨時の四役会議が開かれて、次期の 電子カルテ の件について相談した。結論は出したが、これが良い決断で有ったことを願いたい心境だ。

 夜は 妻と  U嬢 と グランドホテル  四季で一緒に食事をした。妻とも話しが合っていたようで良かった。
 本当はどこか郷土料理の店等でごちそうすると良いのだろうが、私はよくそういう店をしらない。思えば旭川の飲み屋とか店を私はほとんどしらない。たいていはホテルでの会食で二次会はあまりいかないせいも有るだろう。二人の話を聞きながら結構飲んでしまった。

 今日のブログのタイトルを  秋日和 としたが、きっと間違いだろうと思った。秋では無い時期の秋のような天気を指すのだと内心は思っていた。ところが秋そのものの天気をさすようだ。判らないものだ。 小春日和 はあるが春日和 という言葉はない。日本語は難しい。
 小津 の 秋日和 を思い出す。そういえば最近日本映画を全くみてはいない。戦争と人間も購入したが、封を切ってもいない。


春日和 は  少なくとも  俳句の季語にはあるようだ。 






暇な一日

2011/09/25(日)

 朝、腰が心配で練習にも行けず。今日はものすごい秋晴れである。何もすることがなくまずは自宅の自分の部屋の掃除をした。床に散らばっている、DVD等を整理して、コロコロと回す粘着テープ掃除機を使って綺麗にした。少し気分が良くなった。
 本当は私は  きれい好き かもしれない。

 その後、次の日曜日に行われるシンポジウム の準備、と思ったが,主旨が詳しくは伝わっていないので、どうしようもない。地域医療支援病院の認定条件等を改めて確認した。これはいったいどうなるのだろう。
 恥はかきたくないし、、、、





夜、会食

2011/09/24(土)

 朝、久しぶりに練習へ。ところが、腰痛が起きた。次の土曜日にはコンペがあり,なんと私の今年のゴルフはそれで、終了だ。したがって、大事をとって、すぐ中止して帰宅。安静とした。午後からの札幌出張は取りやめた。迷惑をかけるところはないだろう。

 何もできないのんびりとした休日となった。夜、義妹の誕生日祝いということで、皆で ロワジールホテルの 嵐山 で会食。孫たちには,本当に久しぶりに会った、相変わらず元気に騒いでいた。

 

 





帰旭

2011/09/23(金)

 祭日。朝起きたがあまり食欲はなく朝食はホテルでは食べず。朝の一便に変更しようとしたが、空いた席はなし。10時45分発の便で帰ってきた。知人に数人出会った。

 旭川は寒いくらい。幸い雨は無かった。少し疲れ気味だが、午後から病院へでかけた。部屋の掃除と手紙の確認をした。あと一時間ほど手をかければ部屋の掃除は完成だろう。

 大雪山の冠雪が裏の堤防からもみえるというが、今日は曇って居て確認できなかった。飛行機からも見えなかった。

 明日はセミナがさっぽろであるが、疲れ気味でキャンセルしたい。





院長連盟役員会

2011/09/23(木)

 幸いなことに、朝起きたらほとんど風も雨も残っていなかった。夜中もたいしたことが無かった。朝4時のニュースではもう根室沖に移動したらしい。本来はこれが、災害の少ない旭川の台風に対するいつもの認識だ。

 飛行機が正常運航ということで、自分の車で空港へ。東京では上着は不要かと思ったがそうでもなかった。先日の暑さとは完全に違ってしまっていた。

 本社で院長連盟役員会。四役会議で報告が必要な事項がいろいろとあった。その後、もう一つ人事に関する大事な会議も有った。どこまで関与すべきかは別にして、興味深い内容だった。私の個人的な報告もする機会があった。

 会議がすべて終了したら、5時。もうちょっと頑張れば旭川に帰ることができる時間だ。今夜もいつものホテルに宿泊。

大雪山に初冠雪とのこと。いよいよ本格的な秋の訪れだ。







 

台風接近

2011/09/21(水)

 大きな台風が近づいている。朝、練習に行くも開場はしていなかった。きっと時間通り午前6時になったのだろうか。朝の温度は8度だった。二日前には熱中症の心配をして、今日は寒くてヒーターを入れる。日本は広いというか、この違いはいったい何なのだろう。

 朝から、就職看護職員の面接。いろいろと有って疲れた。

 台風はあすの朝には丁度北海道に近づきそうだ。明日の出張はどうなるのだろう。朝の一番の飛行機の便で動けなくとも夜の会議が又重要で、ぜひ遅れても出かけなくてはなるまい。

 昨日の 福島の支援の件はどうやら解決した。そのうち私もぜひ行かなくてはならない。





帰旭

2011/09/20(火)

 朝4時に起床。疲れはあまりとれてはいないようだった。とにかく今回は疲れた、唯一、清教徒で ランカトーレ というソプラノを聴いたのが救いだった。素晴らしかった。

 6時50分の電車で旭川へもどった。札幌も寒く、半袖で駅のホームはちょっと辛かった。

 一度家に帰って着替えてから病院へ。四役会議があった。いろいろと内容のある会議だった。その後、本社の医療事業局長から電話があった。私とは直接関係の無い話ではあったが、ついでに私用の件も話をした。
 昼に支部の事務局長から電話があり、福島の救護活動の要請があった。対応しなくてはなるまい。

 午後から,次期の電子カルテのプレゼンテーションがあった。








東京→札幌

2011/09/19(月)

 今日は祭日。今までほどでは無いが、やはり暑い。今日はもう学会は無いので、昼頃上野公園をぶらぶらとした。家族連れで賑わっていた。極力、ペットボトルを携えて、水を補給した。

 今日のオペラは  カルメン。一番期待していない曲目だった。カルメンもホセ も声も演技も素晴らしかったが、演出はどうも面白くなかった。なんで土地をキューバに代えて、エスカミリオ をボクサーにしないとならないのだろう。私は奇をてらった新演出というのをどうも好まない。
 
 8時半の飛行機で新千歳へ。札幌で11時過ぎの電車にまにあいそうだったが、駅前の  グレースホテルに宿泊。明朝の指定席を購入した。明日の一番で帰ると、早朝医局朝礼には間に合わないが四役会議の時間には何とか間に合うだろう。
 とにかく今回の旅行は暑さで参った。だんだん体力が無くなっているのだろうか。





エルナーニ

2011/09/18(日)

 今日はのんびりと11時までホテルにいた。外へ出るととにかく暑い。私は暑さや寒さには比較的に強いつもりだったが、どうも弱いようだ。

 例によって、ビッグサイトに行った。あのあたりもとにかく暑い。何か元気がなくなり早々に退散した。午後3時から今日も上野の文化会館。今日は VERDI の エルナーニ というオペラ。初期の作品で荒唐無稽の代名詞のような作品。ただ音楽は面白かった。昨日のソプラノが会場にいて、皆に拍手されていた。すぐ私の席の近くだったが、サインをもらいたいくらい昨日は素晴らしかった。

 私は幕間ごとに念のためトイレにはいくのだが、今日は尿がでなかった。脱水気味だったのだろう。
夕食は浜松町の駅で讃岐うどんを食べた。これは美味だった。

 明日はもう学会も無い。夜のオペラだけだ。本当はこの暑さに参ってしまって、途中で帰りたい心境だ。










再び東京

2011/09/17(土)


  さすがに今朝は練習には行けなかった。午前8時に家を出て東京へ。また暑い東京だ。飛行機の中で同期の医者にあう。挨拶する前に辛うじて思い出したが,今日は同期会が京都で開かれる日だった。彼は奥さん同伴だった。私も来年からは少しは暇になるだろうから出席したい。

 暑い中、まずは  ビッグサイトへ行った。この春に震災のため延期となった学会に出席した。その後東京文化会館でオペラ。  ベルリーニの  新教徒 を観賞した。目玉のテナーが来なかったのは残念だったが、ソプラノは素晴らしかった。テナーはHICをかなり苦労してという感じだった。ただ私はベルリーニを聞くのははじめての経験だった。ノルマを本当は是非みたいと思う。
 素晴らしく楽しいひとときだった。

 夜は  GHC の 渡辺社長に 新橋の高層ビルで夕食をごちそうになった。おいしい日本酒を飲んだ。








講演会

2011/09/16(金)

 朝から猛烈に暑そうだった。ホテルで朝食の時間以外はもっぱら準備。最後の追い込みとは言いながら、あまり効果はあがらなかった。11時にチエックアウト。外に出ると暑くてくらくらした。
 私用があって、本社に寄ったが目的は達しなかった。後日出直そう。
 
 浜松町の駅に着くまでにすでに汗が噴き出した。湿度が高いらしく気持ちが悪い。地下道で人が並んで居るとそこは冷房に吹き出し口という具合だった。

 地下鉄の駅から、都市センターホテル に着くまでも汗で大変だった。講演はとにかく終わった。満員の盛況で質問もあった。前後の講演はとても暑くて聞く気持ちになれず失礼した。

 最終便で帰旭。明日また東京に来るのはいやだと思うくらいだった。帰途にはすごい雨だった。






厚労省の指導

2011/09/15(木)

 一日一杯、指導が有った。今回は特に歯科・口腔外科が対象だった。総勢、10人以上という大世帯だった。いろいろとご指導、ご指摘を戴いた。全く気がついて居ない部分もあり、今後職員一丸になって改正が必要なこともあった。これからが大変だ。

 私はその合間に、午前も午後も主として看護職員の面接が続いた。幸いにして私自身が、少し慣れてはきたようだ。

 夜、最終便で東京へ。私の出番は明日の午後なのだが、念のため前日に東京へ入っていることにした。今夜のホテルもいつもの 三井ガーデン汐留。

そろそろどこかに新しい定宿をとは思うがなかなかうまくはいかない。チエックアウトが10時だったり、禁煙室をとりにくかったりする。



講演の準備

2011/09/14(水)

 今日は一日特にはっきりとした予定は無かった。朝、院内を一巡りした後はもっぱら明後日の講演の準備をした。切羽詰まってもなかなかうまくいかないものだ。飽きてしまっては医局に顔を出したりした。

 10月2日に旭川ターミナルホテルで行われるなんだかよくは趣旨のわからないシンポジウムの詳細がきた。詳細とはいいながらコンセプトが理解できない。変な具合にならなければ良いが、、、

 今日は早めに帰宅した。




院内巡視

2011/09/13(火)

 朝、練習に行くも,チョッキが必要と思えるほど温度が下がってきた。日中は結構暑いのだが、、、、

 午前中,院内を巡視。この時間に回るのは珍しいがたまには良い。外来の混み具合とか、いろいろな部署の日中の対応をしることができた。院内保育所にも回った。孫がいて、久しぶりに会った。

 午後からは仕事。しかし、客が多くなかなか進捗しない。夜、グランドホテルでドクターヘリの事後検討会が開かれた。私は初めの挨拶のみ。遠く礼文島からも出席があり盛会だった。職員の努力を多としたい。

 ドクターヘリといえば、安全飛行の区切りの祝賀会が東京で開かれる。本来は出席すべきとも思ったが、どうしても過密日程で失礼することにした。少なくとも道内の他の2施設も院長の出席はないらしい。マイナスの要因を探して自分の行動を決めるのは本当は良いことでは無いが、、、








四役会議

2011/09/12(月)

 月曜日は四役会議。院長・副院長・事務部長・看護部長を病院四役と称している。まあ現在は看護部長が副院長なので三役でことが済んでいるが。週二回、月曜日と木曜日に開催されている。記録は事務副部長が行って後日決済をしている。例えとしてはおかしいが、内閣の閣議に相当すると思われる。

 議論が沸騰することもある。今日は今週木曜日の監査の話題で尽きた。内容がよく分からないだけに不安が一杯だ。

 その監査が終わったらその脚で東京へ。翌日講演会が開かれる。講師を頼まれているが、いろいろと心配になる。骨子はできあがってはいるが、細目はこれからだ。





院長杯ゴルフ大会

2011/09/11(日)

 朝、8時から旭川ゴルフクラブで日赤会のゴルフ大会。今回は院長杯と銘打っている。腰が心配ではあったが、院長杯ではあるし参加した。結果は案の定最低。途中で 90 を叩くのではなかろうかと心配だった。何とか85以下には収まったが、不満の残る成績だった。

 腰も後半重い痛みがあったが、リタイアするほどではなく何とか最後まで回ることができた。

 今週はこれから忙しい。公的には木曜日の監査、個人的には金曜日の東京での講演会がある。
うまく通り過ぎてくれると良いが、、、




帰旭

2011/09/10(土)

 ホテルの窓からみると朝から暑そうだった。朝食がついていたので、6時半にレストランに行った。そこで今回の会長とか本社からの手伝いの方々と会うことができた。

 朝、講演を聴こうと思ったら外にまで並んでいる。太陽が当たると猛烈に暑い。そこで止めにして,ホテルに戻って、仕事をした。11時半にはホテルをチエックアウトをした、京浜東北で浜松町まで。新幹線を使おうかと思ったが時間がたっぷりとあるので、節約をした。
 東京も暑い。ホームで電車を待っている間にも汗が出てくる。

 今日の飛行機は満員ではあったが、追い風に乗ったそうで  1時間15分で旭川に着いた。会いたかった医師と丁度乗り合わせて空港で病院の会議の結果を伝えた。細かいことは今後の相談だが、良い収束の仕方をしてくれればありがたいと思う。





災害看護学会

2011/09/09(金)

 朝、埼玉へ。東京も蒸し暑かったが、埼玉は特別だ。外を歩くのが辛いほどだった。大宮ソニックシテイで、災害看護学会が開かれていた。今回は本社の看護部長が会長ということで、私は院長連盟の代表ということで参加した。

 予定よりもかなり参加者が増えたようで,盛会だった。1800人余の参加者だったらしい。
 夜の懇親会にも参加した。来賓ということ8人くらいだけががテーブル席に座らせられたが、あれは私は好まない。何か落ち着かなかった。ただ副社長も出席されていて親しくお話ができた。ワインなども運んでもらうしかなく、あずましくなかった。

 北海道看護大学の前学長にもお会いした。本当は送別会を開く予定でいたのに、東日本大震災のため中止されたままだった。相変わらず精力的に動いておられるようだった。

 今夜は宿泊は、パレスホテル大宮。学会で予約したが、良いホテルだ。明日は午後2時の飛行機しか予約できなかったので、午前中はホテルで仕事をしよう。




東京

2011/09/08(木)

 今朝の四役会議ではいろいろと報告するべき事項があった。こんなに人事の問題が重なるのは珍しいことだった。慎重に事にあたりたい。ここは私の能力と人脈の見せ所だ。ただ、もう一年早かったらもっと楽だったのにと思う。どうしても大学の脳外科に対しても私の影響力の低下は否めないからである。

 昼の便で羽田へ。東京はさすがに暑かった。上着を持って来なくて良かった。目的は埼玉県なのだが、東京でちょっとした用事があったので、いつもの  三井ガーデン汐留に宿泊。もういい加減このホテルから脱却しようと思いつつ、結局ここになってしまう。なにぶん仕事がしやすい。温泉ではないが、大浴場が好ましい。そもそも新しいホテルに変わるのが面倒くさい。






いろいろな事柄

2011/09/07(水)

 今日はいろいろと有った。昨日の出張の後始末として、教授に連絡をとった。早急にことを起こすことが必要だろう。

 昼頃、もっと重大事が有った。いつかは起こりうることだが、少し早く私が遭遇する羽目になった。仕方が無いことでも有るが、病院の将来にも強く影響することなので、慎重に善後策を講じたい。勿論ご本人の気持ちも尊重するのが第一義である。そのつもりで進めたい。

 夕方、或る部長と面談。今後の病院の方針を伝えた。これも辛い役目だが私の役目である。

 楽しみにしていた ボローニアオペラ の主役テナーが三人ともキャンセルになった。一人は事故死だからしょうが無いが、他の二人は予想されていたとはいえがっかりだ。高い金を出して購入しなければ良かった。あとの祭りだが、、、これは福島原発事故の影響だろう。不安な気持ちもわからないではないが、、、







札幌出張

2011/09/06(火)

 豪雨の報道が続いている。札幌の豊平川の水位さえ上がったとテレビにでていた。幸い旭川の雨は落ち着いている。早朝の練習にも行くことができた。

 昼の電車で札幌へ。紀伊國屋にまずは寄って、ほんを数冊購入した。その後、支部へ行った。支部で事務部長と合流した。支部では先日のスポーツ大会に出席をお礼を述べた。その他それこそ人事のことから、オペラのことまでいろいろと話題が弾んだ、

 午後6時に札幌医大へ。或る科の教授を訪問した。やはり有益なお話を伺った。ぜひそれに報いなければならないと思った。木曜日の四役会議で報告しよう。

 帰りは7時の電車に間に合った。結局、往復とも指定券を購入して使わなかった。行きは、普通席のほうが空いていたし、帰りは事務部長といっしょに一つ早い電車に乗った。とにかく、有用な出張ではあった。





スポーツ大会準備委員会

2011/09/05(月)

 大雨の丁度中日といった感じでまずは朝のうちは好天気。医局の朝礼で、来週の厚生局の監査の話をする。私は内心、不安に思っている。
 四役会議もいろいろと話題があった。特に診療科のベッド見直しの件は紛糾した。私は皆に特に自分の責任を認識して頑張るようお願いした。

 午後、ある医師と面談。ちょっと話のかみ合わない部分もあったが、11月か12月にもう一度面談を約束した。その後全国赤十字病院スポーツ大会の準備委員会が開かれた。2年後に仙台赤十字の肩代わりで旭川で開催される。私はついに顧問という肩書きになってしまった。

 夕方、札幌医大の教授が当院にて講演のために見えられた。札幌は風雨が強くて大変とのことで、講演後すぐにお帰りになるという。お若いがいかにも能力が溢れていて、うらやましく思った。

 今夜は飲むタイミングを失して   休肝日   。





豪雨の後は好天気

2011/09/04(日)

 朝、雨の中練習へ。かなりの豪雨。幸いドライバーも少し打つことができた。こんな日に回るという知人が数人いた。午前9時には雨は上がるという予測だという。確かに、10時には雨もやんで温度も上がりだした。昼から妻の買い物に付き合うも,暑いくらいだった。

 今日ははっきりとした予定は無く、録画してあったつまらない映画をみたり,例の講演の最終準備をした。今週の埼玉出張の予定を変更した。幸いにして、学会会場のホテルはとれたが、二泊を違う旅行会社で予約する羽目になった。二日間、部屋を代えなくともよければ楽だが、、、、

 この週末は孫は全く姿をみせなかった。






市民公開講座

2011/09/03(土)

 朝、恐る恐る練習に行ってみた。何とかできそうだが、結局はドライバーは打てなかった。ここで又再発しては元も子もなくしてしまう。それでも練習ができて少し安心した雨は降ったり,やんだり。時には陽がさした。

 午後に病院で市民公開講座あり。大震災の救護派遣の報告をした。悪天候のさいたるもので、参加者は少なかった。仕方が無いだろう。私は開講の挨拶のあと、帰らせてもらおうとも思っていたのだが、参加者が少ないので,帰るに帰れず最後までおつきあいをした。

 夜、旭川医大の或る科の会合に出席。ところが、同門会の行事が延びてしまって、一時間たっても目的の懇親会の開催にはならない。
 私の予定していたもう一つの会合の時間がきてしまって、やむなく退場した。
 教授や同門会長にはお会いして、ご挨拶をしたので、まあ目的は達したといえよう。

 もう一つを終わって帰宅後、サッカーのテレビをみる。後半の押し込まれて非常に心配な部分を幸いみることができた。勝ったから良いが、男女とも簡単にはいかないものだ。
  コンサドーレは勝った。暫定4位という。もう補強はむりなのだから、誰かが大化けしてくれることを願う。






豪雨

2011/09/02(土)

 遠くの台風の影響か、夜中から豪雨。屋根を打つ雨の音で目が覚めるほどだった。
日中もかなり強く降っていた。夕方、カムイコタン のあたりで道路が冠水したとのこと。旭川市のどこかに洪水警報がでたようだ。
 私の家は、美瑛川の堤防の縁にあるので、ハザードマップでは危険地帯になっている。
購入時にはそんなことは考えもしなかった。

 午後、病院の建物を見学に来客あり。私は歓迎のご挨拶のみ。見にきてくださるだけでもありがたいことだ。要するにいかに安価に作り上げたかの見本のようだった。理由はなんであれ、嬉しいことだ。

 夜、男子のサッカーをみる。ロスタイムにようやく点数が入って勝利。力の差は歴然としていたが、、、これがバスケットなら、100対50ほどの大差が必ずつくのだろうが、サッカーはそうはいかない。そこが良いところでもあり、またいらいらが貯まるところでもある。




ナデシコサッカー

2011/09/01(木)

 残暑が厳しい。まあまだ9月になったばかりだから仕方がないが、、、病院でも一日中エアコンのおせわになった。しかしもう大学のある医局の忘年会の予告案内状が来た。今から予告するのだから必ず出席するようにということだろう。
 本当は、当日は当院のリスクマネジメントの研修会を泊まりがけで近郊の温泉地の  沼田ホタル館  で開催することになっている。しかしあの忘年会に出席しないわけにはいかないだろう。
 研修会は開講の挨拶だけですまそうか。ただ雪道になっていたら往復3時間ははかかるだろうし、それも避けたいが、、、、

 四役会議で病棟再編の話あり。これは簡単にはいかないだろう。十分な根回しと強い意志の集中が必要だ。

 夕方から  オリンピック予選のナデシコサッカーを観賞。控え選手が出場の時は、流れが悪いのはどうしようもない。ドイツはあの感覚のままで日本に負けたのだろう。幸い後半選手交代から球が回るようになって、勝利。

 控えとレギュラーの差はいったい何なのだろう。




研修医師希望者面接

2011/08/31(水)

 まだ残暑が厳しい。私の腰の調子はほぼ戻った。ただ、大事をとって、まだ練習は再開はしていない。

 昼、今年度最後の研修医師希望者の面接があった。今年の希望者は皆優秀のようだ。面接していても適切な答えが帰って来るしストレスが少ない。これで私たちの病院の定員がもう少し多かったら良かったのだが、、、まあ無い物ねだりをしてもしようが無い。毎年少しずつ努力して増やしていくしかないだろう。。

 ちょっとした問題の起きた二つの科の医師と面談した。反省すべきは診療部長と話し合う機会がだんだん少なくなってるのではないだろうか。


 8月も今日で終わり。これからますます月日のたつのが早くなるだろう。真剣に先のことを考えなくてはならない。





プロフィール

satoshig

Author:satoshig
 2012年4月から旭川赤十字病院の名誉院長 しております。
 現在の仕事のメインは同院の 常勤嘱託医師(検体検査管理加算Ⅳに該当する検査部門担当) です。
● 医療機能評価機構サーベイヤー
● 卒後臨床研修評価機構サーベイヤー


としての仕事も楽しんでいます。

 旭川赤十字病院には、1970年5月 から勤務し、副院長10年、院長を9年間 勤めさせていただきました。
 1966年北海道大学医学部卒業  もともとは脳神経外科医

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