FC2ブログ

祭日

2011/04/29(金)

 暇な祭日だった。午前中、病院にでかけて留守中の手紙類と補充審査に行く材料を自宅に持参した。
午後から孫達がやってきた。テレビを観たり、上の孫とは将棋をした。なんと孫がうっかりしていて、私は勝った。記念すべき勝負になった。早く、孫に教えてやる立場になりたい。

 天気はそれほど悪くはないのだが、風があって寒い。腰を痛めそうなので、練習にも行かなかった。5月3日はホームコースのオープンコンペで、殆ど毎年参加している。今年もと思ったが、その日は昼頃に石巻へ出発する3人の職員がいる。旭川空港へ見送りに行かなくてはなるまい。
スポンサーサイト



道内院長・事務部長会議

2011/04/28(木)

 朝はのんびりとホテルで過ごした。チエックアウトの時間ぎりぎりの11時までホテルにいた。何をするでも無かったが、少し楽をした。飛行機の発着は窓からみえたがかなり強い雨で曇っていた。
札幌駅構内の 蕎麦紀行 で昼食。この蕎麦屋は今回は愛別の蕎麦だったが、月替わりで道内の産地の蕎麦がでる。本当のところ違いは判らないがいつもおいしいと思う。

 午後1時半から院長・事務部長会議。東日本大震災への対応の話しが多かった。その後、院長会議も開催されたが、次期のブロック代表の決め方等について相談した。要するに私の退職後のことで、だんだんそれが現実の話しとなってきた。

 終了後、ガーデンパレスホテルの地下の居酒屋で皆で飲んだ。私は札幌宿泊にしようかなとも思ったが、今回は出張が長いので無理して午後8時の電車で帰ってきた。まあ、本当は泊まって来るべきだった。



新千歳空港

2011/04/27

 三日目も終了。流石にこの病院に対しては皆の評価は良かった。私にとっても、非常に参考になった。特に電子カルテは私たちの病院のシステムの更新に当たって、考え直す良い的確な材料をもらった。
経営状態などは甘いのは仕方ないが、病院がわの対応も素晴らしかった。


 午後7時半の飛行機で新千歳空港へ。今夜の宿泊は ホテルコムズ新千歳空港。明日はゆっくりとした予定だ。明日の午後1時半から道支部で道内院長、事務部長会議が開かれる。東日本大震災への救護班派遣についての報告や今後の対応について話し合われることになっている。

 私は院長会議で少し相談しなければならない件もできた。

 久しぶりに、道内の院長と会うので、或いは夜会食,札幌泊りも有りかと思っている。明後日は幸い休日だ。


二日目終了

2011/04/26


  何時もながら大変な二日目が終了した。

 まず、花粉症が発症した。この時期,すぎ花粉し考えられないが、始めてのことだ。幸い鼻がグスグスするだけだが、悪化すると大変だ。

  病院はさすがに素晴らしいものだった。私は、とにかく電子カルテに考えを新たにした。とにかく早い。私たちがこれから導入を考えている、生理検査も既に動いている。眼科も同様に支障なく動いているようだ。画面も見やすいし、正直あれは素晴らしい。私の考えていた価格とはかなりの差があるようだが比較検討は絶対に必要だ。NECを見直した。

 病院の協力も素晴らしく、あまりストレスが無く二日目を終了した。

サーベイ初日

2011/04/25(月)


  サーベイの仕事で東京へ。今回は超有名病院。何度か見学とか、講演会とか講習会で伺ったことがある。新しい病棟もできたようで、見せていただくのが楽しみだ。


     ホテルには午後1時には着いた。高田馬場からタクシーですぐ近くだった。何とも立派なホテルだった。リーガーロイヤル東京。最近、機構で使うホテルは少し高レベルになったようだ。そうでなくては,,,,,。一日目は終了した。まあ良かった。腰もだいじょうぶだった。





腰痛やや和らぐ

2011/04/24(日)

 腰痛はやや和らいだ。只大事をとって札幌行きは止めにした。現場に行っているはずの副院長の携帯に連絡した。これで、少し身体が楽になった。

 今日は電話はきたが、孫達は現れなかった。

 夜、8時20分に救護班の帰旭を駅まで出迎えに行った。大雨の影響で旭川到着が大幅に遅れた。副院長達も来ていて、そこで報告を受け、出迎えは駅で終了ということにした。きっとこの時間では病院には誰も居ないことだろう。
  特に私は腰痛が心配でそれが好ましかった。救護班は一応は元気で私は安心した。次回の送迎は出張中で失礼することになる。

 私は明日からの機能評価のサーベイが心配だ。腰痛が悪化しないことを願うのみだ。大規模病院ではあるが、大学病院とは違うので歩く距離はそれほど長くは無いはずだ。

  明日からの予定は、月、火の二日間は東京宿泊、三日目には千歳空港宿泊。木曜日には札幌の赤十字北海道支部で 院長・事務部長会議 がある。その話しの発展し具合によっては、札幌での宿泊も考えられている。腰の具合が何事も無く進行すれば良いが、、、





腰痛

2011/04/23(土)

 朝起きた時から何となく腰痛があった。ボルタレンのテープを貼った。自分の車で空港へ。空港で市立病院の内科医と会ってちょっと話しをした。その頃はあまり重大には考えてもいなかった。

  飛行機に乗ってしばらくしてから腰痛が始まった。鋭い痛みではないが、右足の先がしびれた。
飛行機の中で、持っていたロキソニンを服用した。それで少し楽にはなったが、歩くのが辛かった。
今日は飯田橋でのdpcの講演会を聞くために上京した。
しかし、不安感の方が強くなった。羽田空港でしばらく座っていたら、薬が効いて、痛みは治まった。再発して、帰れなくなっても困るし、来週はサーベイヤーの仕事がある。午後2時過ぎの飛行機がとれたのでそれで帰って来た。いろいろな部署に申し訳ないが仕方が無い。

  本来は夜札幌へ戻って宿泊。明日は厚生年金会館で開かれる臨床研修医へのプレゼンに同席するはずだった。明日も旭川から札幌までは、行けないのではないだろうか。

 夜になって突然孫達が遊びに来た。嬉しかったが恐る恐る相手をした。上の孫にはまたあっさりと将棋は負けた。何とか夏を目指して頑張って勝つようになりたい。

 又少し痛みを覚えるようになってきた。。

院内巡回

2011/04/22(金)


 午前中、救護班を見送った。今回は総勢9人。いつものように正面玄関で挨拶をして、その後総務課長と一緒に旭川駅まで送った。駅ではまわりにおられた見知らぬ乗客から激励の声をかけられたりして、救護班も嬉しそうだった。良い事だ。今日時点で、20人近くの職員が救護にでかけていることになる。
旧旭川駅をいよいよ壊し始めていた。

 午後2時から久しぶりに  看護部長、事務部長と病棟巡視。いろいろとあって、半年ぶりではないだろうか。
 変な話しだが私は病室のドアが開いていることが気になった。聞くと部屋の中の温度が暑いからというが、本当にそうだろうか。安易にただ医療者側の利便のために開けていて、それが何の不思議にも思わなくなっているのではないだろうか。
 機能評価受審の時は意識して閉めればよいことだ。だからそれとは関係無く、よく考えてみることが必要だ。

 夕方から、業務連絡会議、互助会の理事会と続き医局の新人歓迎会には又遅刻となった。これで連続2回目だ。今回は研修医をいれて19人だった。

 私達の病院での研修や医師としての仕事が今後の人生に役立って欲しいと思う。




旭川は寒い

2011/04/21(木)

 朝食を朝5時に食べた。数人の先客がいるのには驚いた。又、第二ターミナルから第一まで歩くはめになった。少し慣れて大したことは無し。

 飛行機で動物園の園長と会う。私も良く出張するが、彼もよく飛行機には乗っているようだ。確か前回は地震の次の日にやはり乗り合わせた筈だ。お互いにお元気でとは言ったが、彼は私の20歳も年下だ。

 旭川は寒いくらいだった。今朝は雪がちらついたという。
 飛行機が遅れて、10時から予定の会議は10分遅れで開催。事務の人事の件が話された。午後から看護部の係長会議で話し。時間を縮めたつもりが、50分もかかってしまった。この次は気をつけよう。

 夜、生理検査の結果を電子カルテへ取り込む件についての、デモがあった。途中まで参加。こういうのを逃げ始めたら終わりだ。

 久しぶりに家で夕食。明日は忙しい。明後日はまた東京。日曜日は札幌。月曜からサーベイヤーで東京。これは少し過酷過ぎる予定だ。



職員の出発に当たって着用しようかという救護服。日常みるとなんとも派手

救護服





院長連盟臨時総会

2011/04/20(水)

 珍しいことにホテルで朝食を食べてみた。今まではこのホテルの朝食に良い印象は無かったが、今朝は少ししか食べなかったせいか結構おいしいと思った。

 午前10時に本社へ。院長連盟役員会、臨時総会等々午後6時まで会議が続いた。役員会ではまず後一年副会長として頑張ることになった。院長連盟ホームページの好評な事には嬉しかった。係のU嬢の不断の努力が実を結んでいるということだろう。

 午後の総会は私が議長ということで行った。恒例で副会長の一番年長者が執り行うことになっている。人事、予算の件が主議題だった。スポーツ大会、医学大会は予定通り行うことになった。せめて、演芸大会は自粛と思ったが賛同者はいなかった。

 
 東日本大震災の報告会も興味のあることだった。施設間の温度の違いが目に付いた。といっても温度が低い所があるのではなく、沸騰している施設があるということではあるが、、、私も次回から救護班の送り迎えには、赤い救護服を着てみようか。

 夜は同じ  羽田エクセルに宿泊。明日の一番で帰旭する。




東京へ

2011/04/19

救護班の出発を見送った。旭川駅から電車でまず函館へ向かう。駅までも総務課長と二人で送った。経験を積んで無事帰還を願う。


事務部長が上川町を訪問。何とか今年のうちに、層雲峡診療所の後始末を軌道に乗せたいものだ。

夕方、BSC の発表会の作日の続きがあった。私が慣れたせいもあり、BSC については未だしというかんじもあった。少しづつ浸透はするだろうが、、、、、私自身の要求がだんだん大きくなってきているのだろう。

最終便で東京へ。明日は、全国院長会議が開かれる。 JAL は今回は心配になるくらい空いていた。些か、気になった。夜遅い到着なので、  羽田エクセルホテル東急とした。第一ターミナルから第二に行く地下の歩く歩道が止まっていた。当てにしていくとそんなことでもちょっと辛い感じがした。





BSC発表会その1

2011/04/18(月)

 昨日の雪もさすがに、今朝になると溶けていて、車での出勤にはなんら問題はみられなかった。
四役会議では大きな事柄はなし。ただ経営改善プロジェクトでの成果の還元をどうすするかで、微妙な問題があって、ちょっと議論が白熱した。職員のモチベーションの問題だから、なかなか大変だ。

 昼休みにリハビリ部門の集会に赴いて、お話。パワーポイントの調子何かが不良でご迷惑をかけた。HDの代わりに  SSD にすると本当に目立って立ち上がりも早いのだろうか。持ち運びの危険性がないのは充分判るが、とにかく今のところは、高価すぎる。

 午後、医師と ME が石巻赤十字病院の助けに出発した。正面玄関で見送った。明日は救護班が出発する。今後、コメデイカルの部門にも派遣は広がる予定だ。事務部門として参加するが、それでも良い事だと思う。

  夜、各部門毎の  BSC の発表会その1 があった。10分間で今年の 各部門の BSC を発表する。だんだん様になってきた。面白かった。あと数年で医師にも広げていきたい。
本当は明日の出張は東京でちょっと用事があり、午後4時過ぎの飛行機を予約していた。ところが、これは明日の  その2 も参加しなくてはなるまいという気持ちになって、飛行機を変更した。東京着が10時過ぎになるので、ホテルも 空港内の 羽田エクセルの二泊 に変更した。



春の雪

2011/04/17(日)

 予報のように、朝4時に窓の外を見るとうっすらと雪が積もっていた。さらに午前8時にみると5センチくらい積もっていた。結局雪は日中降り続いた。気温はそんなには下がらなかったので、それ以上に積もってしまうことは無かった。只久しぶりに一面の雪景色になった。
 せっかく花を開いたサフランの花が雪の下で黄色や紫に見えた。


 暇ではあったが、夏タイヤに替えてしまったので、ゴルフの練習にも行けず。サーベイの下調べをした。自分の部屋と納戸の整理をした。本を廃棄してしまおうかと思っている。この5年間一度もみていないのが、沢山ある。絶対観ないと思いつつもなかんか決心がつかないものだ。

 この週末、心待ちにしていたが孫達は現れなかった。

 今週は又多忙な一週間の予定である。東京出張が二度有る。。職員の部署を訪問もやはり二回予定されている。




練習

2011/04/16(土)

 好天気。今日は暖かい。ホームコースの旭川ゴルフ倶楽部がオープンした。練習場には行った。しかし180球で疲れ果てた。情けない限りだ。今年は何回コースに出ることができるだろう。相変わらずネットには届かない。

朝と午後に二週間後の機能評価のサーベイの準備をする。だんだんと慣れてきて自己評価調査票をみていると、かなり病院の様子が浮かんで来るようになった.
超有名病院であるが、調査票は意外に隙があるようだった。きっと厳しく自己評価をされているのだろう。
  私は、個人的には電子カルテの運用の実態を観たいと思っている。以前には、何度か、お話を伺ったことがある。  NEC の MEGAOAK だったはずだ。

 夜は近くの蕎麦屋 そば源 で夕食。これは意外においしかった。




東京出張

2011/04/15(金)

 ほぼひと月ぶりに東京出張。今回は医療メデイエーション のセミナーに参加した。面白かった。私は今まで偶然にも 幸か不幸か、あまりこのことには関与していなかった。非常に大切なことだと、痛感した。何とか当院にも根を着かせたいモノだ。今後いろいろと勉強してみよう。
講師の一人は機能評価のサーベイヤーで何回かご一緒してもらった、看護師の方だった。都合が良いのでいろいろと教えて戴こう。

 東京はさすがにもう桜は散りかけていた。八重桜がそろそろ花を持ってきていた。あと一週間もすれば八重桜が満開になりそうだった。大森に泊まってみようかという気持ちにもなった。大森の近辺の八重桜はそれは素晴らしいものだ。

 少し無理をして最終便で帰旭した。できたらいまの東京には泊まりたくは無い。空港も照明を落としているし、エスカレーター等も半分くらいは停止している。



救護班報告会

2011/04/14(木)

 好天気。午後師長会議に出席して、今年度の病院の方針の話しをした。なんと45分ほどかかってしまった。これでは長すぎる少しコンパクトにしないと飽きられてしまう。来週はリハビリ部門と看護部係長会議の二カ所での話しをすることが予定されている。修正しなくてはなるまい。

 午前中、支部の局長から電話あり。栗山病院の救護班の医師の都合がつかず、お願いしたいとのこと。お引き受けした。副院長が行ってくれることになった。私も内心は行きたいと思ってはいるが、順番が回ってきそうもない。

 夜、救護班の報告会があった。驚くほどの職員が集まってくれた。250人は超えていたのではないだろうか。忘年会か観桜会の集まりのようだった。これは皆,救護に行くことを自分のこととして考えているからであろう。
  私は始めにこれから長い戦いが続くけれどよろしくと挨拶した。内容も面白かった。報道機関の取材もあり、賑やかだった。職員がたくさん集まってくれただけで私はすごく嬉しい、幸せな気分になった。






歓迎会

2011/04/13(水)

 今日も特別な用件はなかった。朝、外来ホールに久しぶりに立ってみた。4月に入ったら毎日と心に決めていたが、これで辛うじて2回目だ。なかなかうまくはいかないものだ。いろいろと気になった。例えば、7時50分に再来受付機が稼働する。待っていた患者さんが順番とはいえ並ぶ。そこを出勤してきた職員が無造作に分けて通る。ちょっと大回りして列の後ろを通れば良いのに、そこまで気が回らないようだ。ちょっとした心遣いがまだ未熟なようだ。

 年をとったせいかそういうことがすごく気に触るようになった。

 夜、事務部長の歓迎会と二人の副院長の祝賀会があった。まあ盛大だった。病院がうまく動いてくれることを願う気持ちでいっぱいだ。念願の事務部長とのタッグが楽しみだ。

  早いもので、これでもう4月の半分が過ぎる。




放射線科訪問

2011/04/12(火)

 本日も好天。比較的暇な一日だった。事務部長としばし病院のことで話し会い。殆どをパワーポイントの資料作りに費やした.おかげでいろいろな資料を読むことができた。全国の赤十字病院の経営状態も分かった。ただスキャンして、パソコンにしまい込んで居た資料もかなり調べることができた。
  パワーポイントも使えるようになった。昔の手書きのスライド作りを思うと隔世の感がある。

 今はは全く悪筆になってしまって駄目だが、昔はまともな綺麗な字を書くことができて、学会前になるとよくかり出されたものだ。スライド変更のことを考えて、そのためだけにどこかの都市まで一緒に出張したこもあった。

 大震災に関する対策会議の後、午後5時半から、放射線科に行き、技師の皆さんに、病院の今年度の方針を話をした。これから5月いっぱいまで、各部署を回ることにしている。直接職員から話しを聞いたり、説明をしたりする良い機会だと思っている。今週はあとは師長会からお呼びがかかっている。

 22年度の医業収入がまとまった。やはりかなりの増収になっている。予測よりも良いようだ。まずは黒字決裁は間違いないだろう。

 福島原発が チェルノブイリ と同格になった。後、終息まで何十年もかかるだろう。福島県にはもう人が住めないのではないだろうか。新幹線は迂回などということも考えられそうだ。日本人、一人一人が今回の事柄を絶対忘れてはならないと思う。



会議

2011/04/11(月)

 好天が続いている。これで桜の開花が早くでもなるのなら良いが、、、病院内はあまり重要なことは無し。四役会議で、外来の待ち時間と待っている間の苦痛軽減の話しがでた。待ち時間そのものは、短縮は難しい部分もあるので苦痛をまず和らげるべきだ。少なくともトイレに行くのも受付に断っていくというのは異常だ。
 今、何番の方をみているという掲示の方法か、何か携帯電話のようなものをお渡しするかどちらかであろう。少し真剣に方策をたててみよう。他の病院見学も必要だ。

 夜、四役で外に出て会議。 福鶴亭を使った。病院から近いのでどうしてもそこになる。ただあまりおいしいとは私は思わない。




孫の自転車

2011/04/10(日)

 昼頃、孫達が母親と一緒に来た。昨日、下の孫の自転車は預けたままで帰った。それを取りに来た。下の孫は二日目の自転車乗りだが、慣れたもので、ハンドルを曲げて自由に自分の思うところにいけるようだ。孫の行動範囲が広がると交通事故の心配が又増える。

 午前中、ゴルフの練習。案の定、今日はうまくはいかなかった。来週からコースはオープンのようだが、私は5月にならないとコースを回ることはできないだろう。

  午後3時に家を出て、旭川空港へ。一週間前に石巻に手伝いに行った医師と薬剤師と看護師合計4人が帰ってきた。数日前の大きな余震ですっかり驚いたようだ。それでも元気だった。もう夏タイヤに交換しても大丈夫なようだ。

 今週はいろいろと多忙。今のところ、久しぶりの東京への出張もある。




ゴルフ練習再開

2011/04/09(土)

 朝は寒かったがその分日中は好天。半年ぶりに車を洗車場で洗った。洗い甲斐があった。明日あたりもう一度洗った方が徹底するような感じだ。

 HPでみたら、ホームコースの 旭川ゴルフ倶楽部 で練習場が開始している。行ってみた。この冬練習はできてはいなかったが、素振りだけは何とか継続していた。いつも練習の初日は要求することが少ないのか、何となく満足するものだ。今日もそうだった。明日も必ず行ってみよう。

 午後、下の孫が補助輪つきの自転車でやってきた。三輪車から始めて昇格したようだ。家の前でしばし練習に付き合った。

 夕飯は息子一家と食べた。食後に孫達が  ”おじいちゃんの部屋に行く” と言いだした。今日は午後暇をみて少し片付けておいた。小学校4年の孫と将棋。てもなくひねられた。少し練習して、夏頃には雪辱を遂げたい。





高齢者運転免許講習会

2011/04/08(金)



 朝、11時半に早退。鷹栖の山添運転免許講習所へ行った。12時半までに集合とあれだけ言いながら,午後1時開始はいただけなかった。主催側にはそれなりの言い分はあろうが、無駄な時間を費やさせるのは間違いだと思う。

 今年から受けざるを得なくなった高齢者講習ではあるが、講習の内容は面白かった。講義はいつものごとく少ないデーターで無理矢理結論を導き出した感じ。実技は面白かった。何十年ぶりかで実査の練習場で車の運転をした。うまくはいかないものだ。

 全部が終了して帰宅したのは  午後5時半。良い経験だった。今度は何年後だろう。ただ少人数で気に入ったしそのときもこの講習所にお願いしよう。

 売ってはいたが、勿論  枯れ葉マーク  は買わなかった。



枯れ葉




電子カルテ

2011/04/07(木)

 旭川赤十字病院を訪ねて     と言う記事がネットで公開された。
HEMNET 理事の西川氏に当院を訪問して戴いたのは真冬だった。道北ドクターヘリについて取材され、講演もして戴いた。能力の或る方は素晴らしい的確な文章を書くものだと改めて感心した。

 午後、新医師会会長と事務局長の訪問を受けた。いろいろとお話をした。彼は良い人である。私は基本的には好きだ。医師会長としていろいろと苦労されるのはお気の毒な感じもする。

 夕方、急用が二つ発生。まず関連の深い教授とお会いした。お願いすることが有った。電子カルテのプレゼンのこともすっかりと忘れていた。

思えばこの病院で私は、オーダーリングシステムの立ち上げから始まり 電子カルテ 初回の採用、そして今回の再構築までお付き合いすることになった。

 院長の立場としては、とにかくこの時期、費用高騰は絶対に避けたい。今日行ったプレゼンは現行のメーカーのでも有ったので、職員がこれは改善したのかと聞く度に、下手をすると皆費用が掛かるのにと言いたくなった。使い勝手と費用については、他のベンダー     ④ 等々の話しも必ず虚心坦懐に平等に確かめなくてはなるまい。
 院長としての私の仕事だし,その方針、立場は譲れない心境だ。
  特に  ③ は昔オーダーリングで一緒に苦労した方が新たに開発されたとのこと、本当は少し興味がある。


 結局、医師会看護学校の入学式には祝辞まで用意して背広のポケットに入れていたのに行けなかった。来賓の挨拶が一つ抜けただけだが、悪い事をした。



道北ドクターヘリにステッカーを貼ることになった。下の絵はその案。ドクターヘリもようやく日中は当院のヘリポートに係留されるようになった。





ドクターヘリ.bmp




春の陽気

2011/04/06(水)

 暖かい。一気に20度以上になったところが,道内でも有ったらしい。私は病院の中にいたのであまり気づかなかった。しかし、旭川は風は冷たかったという。しかし確実に春だ。

 あまり大きな出来事の無い一日だった。 機能評価係数Ⅱ のことをあれこれ調べたり、職員に伝える準備の表を造ったりした。

 一瞬、  日本医療機能評価機構 と間違えてしまいそうだが、これとは全く関係無い。
 DPCで提出したデーターの分析結果の問題であって、この係数が高いのは高度の医療を行って居ることの証であることは間違いない。私は大いに名誉なことだと思っている。

  来客との応対その後の北見との電話のやりとり等があった。救護活動の方は少しは落ち着いてきたようで、職員への報告会の準備の話題もでた。

 
 今日は久しぶりに  休肝日。何とか週に2回は  休肝日を維持していきたい。




機能評価係数Ⅱ

2011/04/05(火)

 今年度の   医療機能評価係数Ⅱ の結果は全国で23位だった。北海道内では2位。赤十字病院の中では、名古屋第2,徳島、熊本、前橋,高知には負けた。
 昨年が全国で45位だったから、かなり昇格したようだ。
 これが何を正確に反映しているかは別にして、良いことであることは間違いない。誇りに思おう。
 病院の実力に応じて医療の値段に差がつく時代が、いよいよ到来してくるのかもしれない。とにかく前向きに進まなくては、、、、

 この結果を職員にも上手に伝達しよう。


   快晴。北見の春は暖かく、外套が要らないくらいだ。午前10時から看護大学の入学式。新しい学長の挨拶はなかなか面白かった。原稿無しで、親しみが持てた。服装もフォーマルではなかった。
 その後、当院で奨学金をお出ししている看護学生達に集まってもらって、集会。私は病院の現況について話しをした。余った時間は学生達から予め出されていた質問について答えた。
 昨年とは違って、病院から総勢4人ででかけたことになり、病院側の熱意と誠意は伝わったことだろう。それにしても昨年は失礼をしてしまった。

 昼食は,オホーツクビールで、K副院長とビールを飲んで食べた。朝食を食べていなかったので、おいしく戴いた。少し腰痛が始まって居てそれが心配だ。

 帰りの汽車はガラガラだった。

 





旭川→北見

2011/04/04(月)

 朝の医局の連絡会議で今年度の方針を話をした。今年度は経営の改善と医療の質の改善を目指したい。四役会議は早く終わったので久しぶりに院内を回った。ちょっといやかなり気がついた事柄が有った。この次看護部長、事務部長と一緒に回って訂正すべきところは直そう。


  午前11時過ぎの汽車で北見まで行った。気動車の中で,日本ワーグナー協会監修という  トリスタンとイゾルデ  の解説書をみながら、聞いた。これは面白かった。ワーグナーの作品を全部鑑賞してみよう。いまだ購入していないのが、2,3冊有るはずだ。ただ、本の価格が高いのが欠点だが、、、白水社という会社の本はとにかく高価だ。
  
 北見は全く雪が無かった。今晩 北海道看護大学 の新しい学長を囲んでの夕食会が予定されている。宿泊はいつもの北見ピアソンホテル。ここの温泉は素晴らしい。

 夜、6時から学長を囲む会が開催された。前学長と同様に、お話のしやすい感じで少し安心した。今後道内の赤十字病院と良い関係を築けそうだった。





見送りと出迎え

2011/04/03(日)

 久しぶりにうっすらと雪が積もった。
 朝、9時までに旭川空港に集まって、石巻に手伝いに行く,医師と看護師と薬剤師を見送った。ただし、これはチームではなく各々の職種毎の手伝いで、偶然同じ行動をとるだけのようだ。まずは本社に集合して、バスで現地に向かうとのこと。寝袋を含めて、まだ、結構な荷物をもっていくようだ。

 帰宅後、明後日の用意。さらにはこの春、院内の各部門の集会に行って話しをするスライドの準備をした。なかなか伝えたい的確な図というのは造りにくいものだ。

 夕方6時半には,病院の正面玄関に 釜石に派遣されていた救護班が戻ってきた。大変なようだったが、何とか皆元気なようだった。良かった。これから送ったり,出迎えたりが続くことになるようだ。

 この週末は、私は申し訳ないが少しのんびりとできた。孫達は来なかった。おかげで、  録画してあった  山桜  花のあと  と邦画を続けてみることができた。いずれも 藤沢周平 の原作で面白かった。

 新国立劇場の  薔薇の騎士  は今のところ払い戻しにしようと思う。出張とは丁度重なるのだが、震災のため、殆どのキャストが  カバー役の出演になりそうだ。終電車の時間を気にして、地震を気にして,翌日の会議を気にしてはちょっとつらいものがある。その費用で何か DVD  を購入したほうがましなようだ。




 

氷点橋

2011/04/02(土)

 今日は朝から取り立てて用事が無い一日。昨日は孫達にも会ったので、今日は来ないだろう。
午前中をかけて、PP の準備をした.
来週北見で看護大学の入学式がある。その後に、当院からの奨学生を集めて院長として話しをすることになっている。
  動画を取り込むにはどうすれば良いのだろう。昔は簡単にできたのに、すっかりと忘れてしまっている。

 昼頃、氷点橋 をタクシーで渡ってみた。駅前と神楽地区とを分けている 忠別川 に橋を架けると言う話しはもう30年も前から続いている。今回、ようやく、氷点橋とクリスタル橋と二本の橋が相次いで、工事が行われていた。
 確かに,旭川駅まではタクシーで、2区画くらい安くなったようだ。これがクリスタル橋ができると駅からまっすぐ我が家まできてしまう。近すぎて、タクシーに乗れないのではないだろうか。変なところで却って不便になるかもしれない。
 冬に 三六街 で飲んで、酔って歩いて帰ってきたら、橋の上は寒くて危ないだろう。気をつけなくては、、、、



          氷点橋
             





入社式

2011/04/01(金)

 いよいよ新しい年度になってしまった。入社式で述べた挨拶を下に記す。

 午前7時前に出勤。8時15分からまずは二人の副院長、新しく赴任した事務部長に辞令を交付した。事務部長赴任は私がかなり強引に動いてお願いして、実現した人事だ。一度は一緒に院長・事務部長の関係で仕事をしたかった。信任の副院長二人は力があるから大丈夫だろう。私は心配していない。

 8時半から職員の昇任辞令交付。その後入社式があった。今のこのご時世での激励の挨拶があまり雑に流れても困るので、予め原稿を用意した。
 辞令を渡しながら、つくづく若い人々が羨ましいと思った。

 9時半から新入職員へオリエンテーション。どうもうまくはいかない。伝えたいことがうまく伝わらないもどかしさを感ずる。たまにしかプレゼンをしないからだろう。常にパワーポイントを用いる癖をつけて置くことが必要だ。

 この週末は暇。日曜日に救護班の出発の見送りと他の班の帰還の出迎えがあるのみだ。明日は新装なった氷点橋を渡ってみようかと思う。





入社式

 新入社員の皆様、入社おめでとうございます。旭川赤十字病院の職員を代表して、ひとことお祝いのことばを申し上げます。

 皆様はさまざまな選択肢の或る中で医療という仕事を目指され、さらにはいろいろな医療施設があるなかで旭川赤十字病院を選らんでくれました。その見識や力量に深く敬意を表するとともに、若々しい皆様のバイタリティーに期待しております。心から御礼と歓迎の意を表したいと思います。

 皆様にとってこの入社式が生涯忘れられない日になるだろうと思われます。それは,丁度三週間前に発生した東北関東大震災により、たくさんの尊い犠牲者がでております。さらには原発事故により、ここ数ヶ月の対応によっては日本沈没といった恐ろしい事態さえ予測されています。
 私たち赤十字社は災害救護という大きな責務を負っています。今この瞬間にも皆様の先輩は災害地で、不眠不休の救護活動の努力を続けています。

 この時期だからこそ、若い皆様の頑張りと柔軟な若さを私達は必要とし、また期待しています。今までは勉学の面では厳しく鍛えられた面はあっても、他の点では大目にみてもらった部分も多いかと思います。これからは,一人の社会人として、責任をもって、行動していかなくてはなりません。

 日本はいや日本人はきっと立ち直ると信じています。この大切な時期に、この入社式の感激を新たにして、病院の発展、しいては日本の再建のために尽くして欲しいと願っています。

 門出にあたりひとこと激励のことばを述べさせていただきました。一緒に頑張りましょう。
プロフィール

satoshig

Author:satoshig
 2012年4月から旭川赤十字病院の名誉院長 しております。
 現在の仕事のメインは同院の 常勤嘱託医師(検体検査管理加算Ⅳに該当する検査部門担当) です。
● 医療機能評価機構サーベイヤー
● 卒後臨床研修評価機構サーベイヤー


としての仕事も楽しんでいます。

 旭川赤十字病院には、1970年5月 から勤務し、副院長10年、院長を9年間 勤めさせていただきました。
 1966年北海道大学医学部卒業  もともとは脳神経外科医

リンク
最新コメント

最新記事
月別アーカイブ

フリーエリア
QRコード

QR

検索フォーム

RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム