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休日

2010/07/31(土)

 今日は楽な一日。朝から医療機能評価のレポート書きをした。あと二日しかない。相変わらず進捗状態は好ましくはない。何とか頑張らねば恥ずかしい。

 午前中、私の入院に必要だと思われる荷物を病院の自室に運んだ。手紙はあまり重要なものは届いていなかった。帰りにヤマダデンキに寄って、  iPAD のキーボード等をこうにゅうしようとしたが、何も無しネットで注文した。

 ごごも特になし。明日の開場記念はやはりキャンセルした。何かおちつかない





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東京は小雨

2010/07/30(金)

 私の誕生日。いよいよ70代に近づいていやだ。ホテルでぎりぎりまで仕事。しかしさっぱり進展はみられない。特にどういうわけか、ネットの繋がりが遅くて苦労した。

 昼に本社の院長連盟の部屋に行って、早く来た院長達といろいろと話しをした。

 役員会は総会の件、待機料の話等々があった。私は3時で途中退席させてもらった。羽田空港に着くと、飛行機が遅れるという。病院に電話。いらいらしながら待ったが結局40分も遅れてしまった。
 こんな事ならいつもは使わないえ ADO にわざわざすることはなかった。旭川に着いてグランドホテルまで直接行くも、予定の時間には、30分くらい遅れてしまった。まあ、副院長や事務部長が同席だったので良かったが。

 医大のある科の責任者と話し合い。ただ核心に触れるところまでは行かなかった、又ご連絡をすることにしよう。9時半にようやく帰宅。

 疲れた。この週末を 医療機能評価のレポート書きと入院の準備にあてよう。






椿姫

2010/07/29(木)

 すごい事をみた。といっても変な話ではない。東京文化会館での二日目のオペラの話。
旬の演奏家のその旬に私が出くわしたということだ。
 今夜のナタリーデッセイの椿姫はそれはそれは素晴らしいものだった。カーテンコールの拍手をしながら、その場にいることを幸せに感じた。私にとっては初めての経験だ。良かった。これで改めてオペラに嵌ってしまいそうだ。
 局長とは出くわすことはなかった。敢えてお探しもしなかった。
 
 今日の午後は本社で医管調会議あった。指定病院、管理病院の実情の説明があった。明日は院長連盟の役員会がある。私は途中で退場の予定である。旭川医大のある科との話が旭川グランドホテルである。本当は明日は私の69歳の誕生日だが、そう言ってもおられない。




ラ・ボエーム

2010/07/28(水)

 朝、起きたら奇跡的に雨ではなかった。しかし、やはり朝ゴルフには行かなかった。行かないときには、欠席と思っていただくよう、はじめから話しをしてはおいた。

 旅行鞄を持って、タクシーで病院へ。臨時の四役会議も決済もうんと重要な用件はなかった。
 午後0時に病院をでて旭川空港へ。ものすごい混みようだった。韓国、中国便がでているようだった。喜ばしいことだ。
 昨日に続いての東京だが、今日は風がふいていて、少し凌ぎやすい感じだった。今回のホテルは三井ガーデン汐留。なんとなくこのホテルにはいるとほっとする。年間20回以上宿泊しているようだ。本社にちかいのが第1だ。

 夜、東京文化会館で  トリノオペラ。なんと示し合わせたわけでもないのに、支部の局長と隣り合わせだった。
 ボエームは面白かった。思えば私のオペラ狂いは、NHK の イタリアオペラ公演が最初だった。20代の前半のときだ。白黒のテレビでのボエームやオテロで始めてオペラをしった。その後、カラヤンの ボエーム のレコードで完全にのめり込んでしまった感じである。

 しかし、どういうわけか、いままでボエームの公演を実際に見たことがなかった。あれだけ好きでみのがさないようにしていたのに、、、

 面白かった。歌手もそうだが、オケがこんなところでこんな音がでていたのかと思わせるところが随所にあった。指揮者の手腕によるところもあるだろうが、、、フリットリー というソプラノを始めてきいたが、ちょっと フレー二を思わせる感じがして、好ましかった。アルバレス というテナーは最近映像でたくさん接しているが楽しめた。
 ただ、日本人 森麻季 はやはり厳しい話だが、何か違和感が伴った。良い声をしているのだが、、、ムゼッタのワルツが魅力がなかった。

 又、オペラ狂いが始まりそうだ。あすは午後本社で医管調会議があり、夜は  椿姫 だ。

 浜松町の駅で、局長と12時ちかくまで、飲んでいろいろと話しをして別れた。 

帰旭

2010/07/27(火)

 朝食は予定のように抜いた。どうやら、三日目は無事終了した。私は今回は追加で訪問するところもなく楽だった。とにかく気持ちの良いサーベイだった。私達の病院の受審にもいろいろと参考になる事柄があった。明日さっそく報告しなくては、、

 袖ヶ浦からアクアラインを使って羽田空港へ行った。来るときはうとうとしていて気がつかなかったが、これは非常に便利で短時間で着いた。ただ空港はやたら暑かった。私は少し気分が悪くなった。熱中症の初期のような感じだった。気をつけなければならないと思った。飛行機の中へ入り、冷たい風にあたったらようやく改善した。

 旭川も涼しくはなかった。明日は又東京だ。朝のゴルフはさすがに休むことにした。かなり空港での暑さが応えた。疲れ気味だったこともあるのだろうが、、、




二日目終了  ヘルニア

2010/07/26(月)

 快晴。暑い。曜日の感覚がなくなってしまった。朝、起きると腰痛あり。昨晩の座敷に座ったのが悪かったのだろう。風呂に入ってボルタレンのテープを貼った。悪化しないことを願う。

 二日目が終了した。準備も整っていたし、病院職員の対応も好ましいものだったし、私たち仲間も付き合うのに楽な方々でストレスが少なくて終了できた。ヴァージョン6になってから間違いなくケアプロセスの時間がうまく流れるようになった。その後の部署訪問も余裕ができている。

 私はケアプロセスの途中で、例の件が少し膨れて痛みと張りがでて、途中から座らしてもらった。これはやはり絶対に手術適応だと思わせた。決心がついた。

 夜の会議も比較的に早く終了して、今夜はホテル近くの中華屋で食事。けっこうなものだった。食べ過ぎだ。明日の朝食をまたぬかすつもりだ。

明日、帰宅したらまた日程が詰まっている。水曜日の早朝ゴルフ。これはなんだか雨のようだが、、、午前中は臨時の四役会議。午後1時の飛行機でまた東京だ。本社の会議が二日間に渡って控えている。

夜の文化会館のトリノオペラだけが楽しみだ。




一日目終了

2010/07/25(日)

 朝、のんびりとホテルで過ごした。10時の連絡バスで羽田空港へ行った。いつもの蕎麦屋で鴨せいろを食べた。11時50分のバスで木更津を目指した。始めてアクアラインを通るというので期待していたが、うとうととしているうちに通り過ぎてしまった。
 40分で木更津に着いた。そこからタクシーでホテルへ向かった. オークラアカデミアパークホテル といって、かなり立派なホテルだった。ただ、たばこ臭くていやだった。ここからサーベイ対象の病院までタクシーで6000円以上かかるという不便なところだった。

 一日目は無事終了した。再々受審ということで準備はよくできているようだった。

 夜はまた食事をしに  タクシーで 3000円以上かかる鮨やまででかけた。食事はおいしかった。只、タクシーの往復で疲れてしまった。






鹿児島往復

2010/07/24(土)

 ホテルからの連絡バスで羽田空港へ。それから鹿児島まで行った。鹿児島空港で医師会御用達の乗り合いジャンボタクシーの案内が会ってそれに合流。その待ち時間の間に家にお土産を送った。
 今日の会場まで40分くらいで城山観光ホテルに着いた。
 天気は素晴らしく良く、昼食は見晴らしの良い所といったら、最上階のレストランに案内された。食事もおいしかったが、景色は確かに素晴らしかった。桜島を満喫した。
時間があったら行ってみたいと思わせるほどだった。

 医師会の男女共同参画フォーラムの行事はまあ成功だった。私もかなり頑張って付き合ったが懇親会にはしゅっせきせずに、又東京に帰ってきた。一便はやいのに変更できて少し助かった。しかし疲れるためだけに行ったようなものだった。




東京はやはり暑い

2010/07/23(金)

 朝、起きてすぐ練習に行こうかと思ったが、朝から猛烈に蒸し暑くて止めた。本当は行くべきだったと思ったがまあ、仕様がない。窓を開けてシャワーを浴びて暑さを凌いだ。

 午前中に秋田日赤からのドクターヘリの運行についての訪問があった。秋田県でもいよいよ始まるらしい。ただ秋田日赤だけではなく秋田県の職員がぴったりとついていた。同じドクターヘリの運用といいながら北海道とはかなりの違いがあるようだ。私は道の職員とドクターヘリの運用について、ひざを交えて話したことは一度もない。

 午後医師会の連絡会議。重要な話はなかった。私も手術後はあのくらい痩せることができるだろうか。ゴルフはいつから開始できるだろうか。三師会のゴルフが 14日だという。参加できるかどうか微妙なところだ。

 午後5時の飛行機で東京へ。暑い。暑さの性質が違う。今回の宿泊は  ホテルJALシテイ羽田  。何度か利用している。ただ羽田空港との間は10分ほどだかバスの利用となる。いつものエクセルホテル東急は喫煙室しか空いては居なかった。我慢をしてまで喫煙室に泊まることもないのでこちらにした。いい加減に喫煙者の権利などというのは終わりにして欲しい。





2010/07/22(木)

 朝、本当は緑友会のゴルフの例会が予定されていた。しかし、少し手首の調子が気になるのと、朝病院に早く出る用事ができて、欠席とした。

 朝の四役会議で  機能評価受審のための準備をした。今回は5領域。診療部門のカルテの質的監査の部分がひっかかる程度のようだった。今後ケアプロセスの実際の場面をシミュレーションしてみる必要がありそうだ。私としては電子カルテを取り扱いをもう一度確認しておこう。考えてみたら、電子カルテをフル稼働している病院を訪問した記憶がない。

 明日からの出張に備えて荷物の準備があり、夜の医師会の行事は欠席として、午後6時には帰宅した。土曜日には 光フレッツ への転換の工事も控えている。プロバイダーの変換等がうまくいくかどうか不安である。わたしは当日立ち会うこともできないが、、、

 明日から結構タイトな日程になってしまった。夕方、東京へ。翌日そこから鹿児島往復。その後 木更津でサーベイヤーの業務があり、帰旭は火曜日の夜。その後又日赤本社がらみの出張で東京へ戻る。唯一、夜が空いているので、トリノオペラは楽しみだが体調に注意が必要だ。

 本州の方は、梅雨があけて猛暑というが、こちらは気温は高いが雨模様が続いている。



多彩

2010/07/21(水)

 午前中、眼科受診。何年間も漫然と点眼をしていたが、幸い眼圧は正常だった。どこかで一度視野測定をしてみることになった。薬の点眼はきっと辞めてもおなじだろうといわれたが、ちょっと自信がない。マスイをかけるには全く問題がないことになった。

 昼、看護部のキャリア開発ラダーの授与式。いつもなはなかなか会えない若い看護師さんに会う良いチャンスだと楽しんでいる。認定看護師二人とともに、透析室の感染性廃棄物の取り扱いを確認した。透析室にあんなに長時間いたのは始めてのことだ。

 午後、来年度からの臨床研修医への志願者への面接。能力の高そうな方だった。

 夜、診療部長会議あり。ある科の新設に関して、経営の観点からの質問があった。丁寧に病院側の考えを説明したつもり。帰宅後、木更津に送る宅急便の準備。タイトな10日間が始まる。




医師会理事会

2010/07/20(火)

 朝の四役会議で窓ガラスの清掃の話がでた。見積もりは猛烈に高い訳ではない。しかし経営改善プロジェクトを超している今に適当かどうかが議論になった。結論としては来年の春までまつことにした。わたしもそれで良いと思う。況んや機能評価の受審のために気を遣う必要は全くない。

 電子カルテでは症状を読んだけれども、義姉のところには今日は行けなかった。それはそれで勘弁してもらおう。胸部外科と脳外科の主治医の話は聞いた。

 夜、医師会の理事会。その後救急病院の検討委員会があった。旭川医大が新設する救命救急センターの工事で二次の当番と、整形外科の当番が叶わないと言うことに対する対応を協議した。8月、9月のふた月である。とにかく切羽詰まってからの通達では困ってしまう。

 12日にグランドホテルで大学病院と市内の公的病院の院長達の集まりがあった時にその話はでただろうか。私が覚えていないだけだろうか。本当は少し不満に思った。






暇な一日

2010/07/19(祭日)

 今日は暇な一日。何となく左手首が痛い感じがして練習にも行かなかった。尤も雨も降って居た。午前中義理の姉の見舞いに又妻とでかけた。病状が本当は私は良く理解できていない。明日、主治医に聞いてみよう。午後から、妻の買い物に付き合った。久しぶりだ。次回の医療機能評価のサーベイの準備をした。

 

帰旭 義姉の入院

2010/07/18(日)

 午前10時から、ビッグサイトで、レジナビフェアがあった。研修指定病院が医学生に自分達の病院の特質を、アピールする場である。赤十字ではブースをまとめて借りて、共同して参加している。ただ、東京の二つの病院(医療センター・武蔵野赤十字)の人気が抜群で我々のところにはおこばれが来る程度。効果がどれだけあるかは不明だが、来年度からも、不参加にするわけにはいかないだろう。本社からも、技監はじめ事務の方々がたくさん出席しておられ、ご苦労様と御礼を伝えたい。

 午後2時半の飛行機で帰旭。旭川は雨。家に着くと義理の姉が日赤に入院したという。見舞いに行った。HCUに収容されており、予断を許さない感じだった。

旅行中、飲み続けたので、今夜は  休肝日




脳死からの臓器移植

2010/07/17(土)

 午前中はホテルで仕事。昼から汐留で脳死からの臓器移植の説明会。小児の移植はとてもハードルが高くで、すぐ対応できるとは思えなかった。虐待の判断が医学の仕事だろうか。
 私たちの病院では成人の件についても全くうまくは準備ができてはいな。いわんや子供については無理だ。

 東京の外はとにかく暑くて大変だ。

 夜、浜松町の駅で弟夫婦と会い食事。久しぶりに会って楽しかった。
 ホテルにて IPAD  を使ってみた。遅い。





東京は暑い

2010/07/16(金)

 朝ゴルフ。アウトは 36 だった。2ボギー、2バーデイだった。ボギーはいずれも3パット。かなり調子はあがっている。しかしインの方が優しいといってでたが、OB が一度出るとあとはメチャメチャ。何とか70台では回ったがこのあたりがいまのスタイルでは限界かもしれない。といってもう一つ先に進むにはあまりに高齢になってしまった。

 昼に医師会の決済。その後旭川市市長にハイチから帰国した医師を伴って、ご挨拶の予定だったが、なんと該当する医師が、ドクターヘリでフラノまで飛んで行ったという。中止となった。

 5時の飛行機で東京へ。なんと暑いことか。こんな所に住んでいる人の気が知れない。

iPAD

2010/07/15(木)

 午前中は  四役会議。特に重要な議題は無し。ケアプロセス対応病棟を早く決めるよう伝えた。ただこの機会に、各病棟のレベルアップを対等にすすめるためにも、特定した病棟を発表するということはすぐにはしないようだ。それでも良いと私も思う。それが、機能評価を受審する一番大きな目標であるべきだ。

 午後からは専ら私自身の、採血、心電図、呼吸機能検査、腹部CT と忙しかった。すっかり病人の気持ちに染まってしまった。後は  眼科受診のみ。

 夕方、仕事で外出したついでに、ヤマダデンキ テクノランド へ寄ってみた。 
  iPAD が今予約すると何時頃入荷するか聞きたかった。すると  キャンセルがでて2台有るという。ちょうど外来の費用をカードで払おうと持参していたので、思い切って iPad Wi-Fi + 3G を購入した。
家へ帰って試すもこれがなかなかの難関だった。まず説明書が殆どついていない。店でかわいい女の子が30分もかけて設定はしてくれたのだが、そこから先へは一向に進まない。それでもあちこちいじくっているうちにどうやインターネットも可能にはなった。ただ、自分の今使っているADSLよりも遅い。
 電話回線だから遅いのだろうか。すると Wi-Fi の出番かもしれないが、、、、私の知識はまだそこまで行ってはいない。



機能評価受審準備

2010/07/14(水)

 午前中、機能評価受審の準備。私なりにそれなりに知識の整理をした。これは次回の訪問審査にも役に立つことはずである。。

 昼、面接あり。卒後10年目の看護師の方だったが、しっかりしていて感心した。私は非常に嬉しく思った。

 夜、神楽のベルコ会館に通夜に出向いた。なんと三つ葬儀が重なったということで、あの広い駐車場が満杯で入らない。どこかそのあたりに路上駐車をといわれたが、そうもいかない。家に一度帰って、タクシーで行った。タクシーに待っていてもらった。遺族にもご挨拶ができて、目的は達した。

 私のヘルニアくらいはまだ良しとしなければならない。明日の午後は術前の検査で追われるようだ。

 今夜は久しぶりに  
休肝日


訃報

2010/07/13(火)

 朝、A院長、M副院長と早朝ゴルフ。雨も降らず、あまり暑くもなく回ることができた。ゆっくりと数えたら後半は30台で回っていた。しかし、36,7 ではない。

 午前中、一人で外来部門を回った。特に問題はなかったが、一部窓ガラスの汚れが目についた。膨大な費用がかかることだろうしこの問題はどうやって解決しようか。

 午後から、看護部長等と久しぶりに病棟視察を行った。機能評価との関連では、決まった病棟を改めて回ることになるだろう。朝のゴルフとあわせて今日は結構な距離をあるいたことになる。家のボイラーをとりかえるので業者の方が入ったので、夕食はラーメンの出前をとった。なんと一人前食べてしまった。せっかくのダイエットが台無しだ。

 鼠径ヘルニアの件。手術を受けることにした。出張先での陥頓などというのをきにしていると仕事もできない。自分の予定の都合と執刀医の都合をかね合わせて、8月5日と一応決めた。高眼圧の相談に眼科にかからないと駄目になった。

 K歯科医師がお亡くなりになった。ついひと月前はまだお元気のようだったが、、明日お通夜に伺おう。




公的病院長会議

2010/07/12(月)

 四役会議で、機能評価の4領域の自己評価の確認をした。脳死からの臓器移植のシミュレーションが全くできていないことを認識した。まあ、これは私が今週末に講習会を受けてきたあとの報告を兼ねて行うことにした。あとは致命的な欠陥事項は無いと思われた。

 夜、旭川グランドホテル 四季 で、公的病院長会議が開かれた。いろいろと話があったが、どうも大学病院とは話が合わない。院長が良い方なので、尚更気を使ってしまう。
 今回は医師会長が出席しないので却ってうまくいかないのかもしれない。4病院のみにするか、大きく枠をひろげるかどちらかに徹底すべきではないだろうか。明朝のゴルフのことがあるので少しのむのをセーブした。

 最近気がついた私の病状の件。どう考えても両側の鼠径ヘルニアがみつかった。今日SDr.にみてもらったが、間違いないようだ。現役のTDr.にも相談。両側なら内視鏡的に手術する適応という。ただ全身麻酔になってしまう。冬まで待ってもかまわないようだが、こう出張が多いと旅先で陥頓などという事態になったら、一番困ってしまう。はやいうちにどこかで処置したほうが良いのではないだろうか。






帰旭

2010/07/11(日)

 朝、チエックアウト後に車はホテルに預けたまま、北大へ行ってみた。新しくできた同窓会館を見に行った。私は寄付はしていないのだが、9月に披露の会には呼ばれている。久しぶりの大学はさすがに木々が多く心が安らいだ。もう40年以上昔の話になってしまう。

 その後デパートにいきちょっと買い物をして、旭川に帰ってきた。プリンスホテルのバイキングは人気が高いと見えて、ランチバイキングにおおぜいの人が並んで待っていた。

 夜、選挙結果を遅くまでみた。予想通りの大敗。今回で自民党を潰してしまう絶好のチャンスだったのに、、、管首相の政治センスの欠如にはがっかりした。

 全く別時限の話だが、ドクターズゴルフの断りの連絡がうまくつながっていなかったという。私はできるだけのことはしたつもりだが、、、幹事に謝る必要があるかもしれない。





札幌へ

2010/07/10(土)


 朝、8時15分に出発。妻が札幌へ買い物に行くというので運転手をした。高速道路無料化の影響だろうが、岩見沢まではさすがに混んでいた。普段あまり高速道路を利用しない人が多いとみえて、極端に早いか極端に遅いかで流れが非常に悪かった。私の車は交換のタイミングを失して、スタッドレスのままなので、特に雨の時はあまり無理はできない。札幌まで2時間以上かかってしまった。札幌プリンスホテルに車を預けて私は、ロイトン札幌の学会へ行った。

 その後、紀伊国屋で本を漁って、ホールで音楽会をしていたので、それを聞いた。私の聴力はまだ大丈夫のようだ。今夜の宿泊は札幌プリンスホテル。ロイヤルフロアの部屋をとったが、とりたてて立派ではなかった。夕食はバイキングを選んだが、とても値段分も食べられず。老夫婦のバイキングというのはそもそも無理なようだ。











蘇州大学からの見学団

2010/07/09(金)

 午前中に、中国からの病院見学団がこられた。私たちの病院を設計管理をしてくれた山下設計のプロポーザルが、中国で採用され、その参考にこられたようだ。旭川日赤は予算も安く、要求は大きく、同じ土地に立て直しという条件が決して、恵まれてはいないと思うが、なんで当院への見学なのだろう。

 ドクターヘリにも興味をお持ちのようだったが、病室等も熱心に見学しておられた。私は途中で失礼したが、、、

 昼には医師会の決済。連絡会議は重要な事柄は無かった。

 家に帰ると、妻が明日札幌に買い物に行きたいという。行かないものだと思っていたが、せっかくだから従うことにした。本当はドクターズゴルフの方が魅力的だったが。急いで欠席のメールをだしたり、ホテルを予約したりした。










祝賀会

2010/07/08(木)

 朝、三日目の早朝ゴルフ。幸い天気も悪くなくすごく暑いわけでもなくまわることができた。ドライバーの飛びは良いようだ。80そこそこでは回れたようだった。体力には少し自信がついた。

 四役会議では、機能評価の4領域の検討。職員の能力の評価の部分がどうもやはり弱い。これはすぐに解決がつかないので持ち越しとするしかないだろう。残った部分は後日再度検討とした。

 午後に、予定通り視察があったが、残念ながら医政局長は急用ということで来られなかった。しかし、予定を大幅に超過して視察があった。ただ、地方の現実とは少し乖離した認識をもっておられるようだ。
 明日は中国の  蘇州大学 からも見学団が訪れてくれるようだ。見に来てくれる方がいるだけ嬉しいとおもうことにしている。最近は見学に来ていただくのが当たり前のよう思ってしまっているが、、、

 夜、グランドホテルで、退職した職員の授章祝賀会があった。個人的には勲章も天皇の顔も私にはなんの興味もないが、いろいろと懐かしい人と会うことができた。昔の患者さんが出席しておられて、顔をみても思い出せなかったが、席順の名前をみたら、”下垂体腫瘍で、偶然両側内径動脈の動脈瘤がみつかり手術した方”とすぐ思い出した。昔の記憶というのは恐ろしいものだ。19年前というから、私が一番油の乗った時期なのだろう。







故障

2010/07/07(水)

 七夕。もっとも私にはなんの関係もないが、、、それに北海道では8月7日を伝統的に七夕としょうしている。

 朝、4人で回った。39,39 では回れたようだ。しかしこれは37,37 くらいでまわらなければならないだろう。まあそれでも回復してきたのは確かなようだ。

 夜行事がなく早く帰宅。孫たちが夕食にきた。今日は二人であまり騒がなかった。騒がないように予め言い含められてきたのかもしれない。

 明日が早いので、9時ころ寝たら、11時半に妻に起こされた。風呂の燃焼装置が壊れたという。もう15年以上たっているから、いつ故障してもおかしくない状態だった。下手をすると週末の札幌旅行は中止となりそうだ。一応、キャンセル料金のかからないうちにとホテルをキャンセルした。

緑友会

2010/07/06(火)

 今日から、早朝ゴルフの三連戦が始まった。今日は、緑友会。不調だった。要するに実践の経験が少ないのが原因だ。今年は幸い腰と手関節の調子はそれほどは悪くはない。しかし、公式のコンペに出る機会がなく、まじめに真剣にゴルフをしていない。

 明後日、急に厚生局の医療政策局長が視察に来られることになった。いったい何があったのだろう。当日は私たちの病院を視察され、翌日は札幌の二つの病院を視察する予定という。救急と地域医療の現状把握ということらしい。手稲渓仁会病院札幌市立病院と当院が対象なようだ。これらの病院と対等なのはありがたいと思うべきだろう。

 夜、医師会の理事会あり。とにかく時間を浪費しているように思えて仕方が無い。これはわたしにとっても不幸なことだ。今年度いっぱい何とか私にとって有意義に思えるように過ごしたいものだ。






少し涼しい

2010/07/05(月)

 今朝は少し涼しい。朝の練習に行った。考えてみると昨年までの常連の一人が全くいなくなった。セルシオに乗って上品な方だったがどうしたのだろう。練習場ではめっぽう良い球がうてるようになってきた。後は実践あるのみだが、日中の公式コンペに出る機会がない。

 朝の四役会議のあとで、機能評価受審の準備をした。本日は第2領域をさらったが、何とかなりそうだ。後は、4,5領域が残っている。まずはケアプロセスの対象病棟を決める事が必要だ。医師と、師長始めスタッフが協力的な病棟を選ぶべきだ。

 どういうわけか、本日の入院は76人、退院が34人、こんな調子が毎日続くのなら、院長も楽なものだが、、、、






有意義な日曜日

2010/07/04(日)

 今朝は5時半に練習に行った。それでも暑かった。200球ほどでやめにした。午前中下の孫が遊びに来た。久しぶりに一緒に遊んだ。一段といろいろなことが進歩している。頼もしかった。とにかく自分の意志がはっきりとしていて、結構押し通す。

 午後から3時間ほど病院にでて仕事をした。病院へ出勤した目的は達したが、ここも暑くて参った。雷がなりだしたのでそれを潮時にして中止して帰宅。夜は孫達と食事をした。いつも出前を頼んで居た鮨やが廃業したので、新しい寿司屋さん。それでもおいしかった。

 有意義な週末だった。





選挙

2010/07/03(土)

 この週末は久しぶりに何も予定がない。午前中練習に行こうかと思ったが、暑くてやめた。代わりに珍しくエクセルの勉強をした。結構新たな発見があって面白かった。前から考えていた、光ファイバーにネットを変更することにした。電話の応対は丁寧だが、人によって言うことが少しずつ違うのであれでは戸惑うだけだ、私は、メールアドレスは絶対変えたくないのだが、それがうまく伝わらない。自分のところのプロバイダーに変わらせようと誘導する。

 午後から、選挙。期日前投票だというので、結構手続きが面倒だった。あんなに人手をかける必要があるのだろうか。





まだ暑い

2010/07/02(金)

 今朝も暑い。ゴルフの練習に行くもさすがに閑散としている。今日は調子が良く、振りが早いと自分でも感じた。しかし、ネットには届かない。まあ、諦めるしかないだろう。

 医師会の連絡会議も重要な要件はなし。退院が明日という話でまあ良かった。参議院の選挙の話でもちきりだった。今晩、演説会があると言うことだが、私は勿論欠席。そもそも、もう少し柔軟に対応できないものだろうか。
 午後から一段と暑さを増したようだ。私の部屋の冷房の利きがやはり少し悪いようだ。昨年はあまり気にならなかったのだが、、、この夏が格段に暑いのかもしれない。

 この週末は幸い大きな行事は入っていない。少しからだを休めるつもりだ。




プロフィール

satoshig

Author:satoshig
 2012年4月から旭川赤十字病院の名誉院長 しております。
 現在の仕事のメインは同院の 常勤嘱託医師(検体検査管理加算Ⅳに該当する検査部門担当) です。
● 医療機能評価機構サーベイヤー
● 卒後臨床研修評価機構サーベイヤー


としての仕事も楽しんでいます。

 旭川赤十字病院には、1970年5月 から勤務し、副院長10年、院長を9年間 勤めさせていただきました。
 1966年北海道大学医学部卒業  もともとは脳神経外科医

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