FC2ブログ

6月も終わり

2009/06/30(火)

 もう6月も終わりに近づいた。なんと早いものか。ドクターヘリの就航まで後、3ヶ月しかない。まだ、格納庫の入札も見通しがたってはいない。格納庫が完成までの、代替えの施設の契約もまだできてはいない。不安を覚えだしたらきりがない。まあ、おおらかに構えることにはしている。

 院内を巡視することも、十分ではない。意識して廻るようにはしよう。

 日中細かいことがいろいろと有った。夜の医師会の会合をキャンセルする代わりに、学校の産業医の件で2,3回電話のやりとりも有った。院長連盟総会後のエクスカーションの件で、日本旅行の訪問を受けた。本当はもっと早く案内ができる方が良いのだろうが、、、この何でもネットの時代では旅行業者というのは本当は大変だろう。私自身、旅行会社にお願いするのは、せいぜい本州の新幹線の注文くらいだ。

 産科の分娩手当の件で、道内の該当する病院の院長に本社の考え方の流れを伝えた。

 院内の各部署を巡って話しをする件は、ほとんどの部署を回ったが、反応してこない部門が一つ目立って、総務課を通じて注意を喚起することにした。ドクターヘリの病院の方針等をぜひ直接職員に話しをしなければならない。




スポンサーサイト



北見→旭川

2009/06/29(月)

 朝、三時に起床。温泉に入った。狭いがまあ夜中に入れるだけでも良いか。珍しく朝食も食べた。午前10時のJRで旭川へ帰ってきた。駅で降りると暑かった。30度になるようだった。
 一度家により、荷物を置いてから病院へ。特におおきな問題は無かった。
 
 工事も順調に進んでいて、かなりの大きな音がしていた。いまのところどこからも苦情はないとのことありがたいことだ。

 夜、以前の同僚の2人と飲み会があった。近くの つぼ八 のはずが、  志ばた に変更。それなりにおいしかったが、二日連続の大量飲酒は少しつらいものがあった。




孫の運動会

2009年6月28日(日)

 朝久しぶりにゴルフの練習に行った。当然良くはない。しかし頑張ろうという気持ちにはなった。

 午前9時から下の孫の保育園の運動会が青雲小学校のグランドで行われた。孫はなんといってもまだ一歳半だから何にもできないのだけれど、走ったり、母親と遊技をしたり可愛かった。幸せな気分になった。

 そのまま11時のJRで北見に出張。赤十字北海道看護大学の10周年記念式典があった。いろいろな方にお会いして有効な会だった。副社長にドクターヘリの就航式の件をご了解頂いた。二次会、三次会といって、最後は支部の局長と2人だけになっていたが、変なことをいわなかったかどうかが心配だ。本日の宿泊はドーミーイン常呂川の湯。ここは温泉があるのが良い。ただ、ここの風呂はいかにも狭すぎるのが欠点だ。




ハンデ変更

2009/06/27(土)

 ハンデの変更がきた。なんとたった一つしか落ちていない。6が7に変わっただけだった。これなら6の方が良いぐらいだった。せめて8までは落としてくれるとは思っていたのだが、、、がっかりした。

 今日は一日のんびりと暮らした。何ヶ月もみないでいた おくりびと を妻と一緒にみた。たしかに面白かった。

 明日は北見に出張がある。

祝賀会

2009/06/26(金)

 昨日できなかった四役会議を行った。いろいろと議題はあった。最後に機能評価のキックオフの件も出した。昼、医師会の連絡会議。眼科医会からオンコール体制の見直しの要求あり。予測はしてはいたが、またやはり面倒なことだ。まず委員会を開催して対応を検討することにした。間に夏休みも入るし時間がかかりそうだ。
 業務連絡会議あり。全国的なボーナスの状況について、話もした。少し危機感をもってもらうことが必要だ。

 夜、産婦人科での開業医院の開院祝賀会がロワジールホテルであった。旭川市長にお会いして、ドクターヘリの就航式の話がでた。知事の都合を優先することのご了解を頂いた。
昔はよく話合うことの多かったを後輩に、30年ぶりくらいで会った。懐かしかった。




東京日帰り

2009/06/25(木)

 朝の一番で東京へ。羽田と本社でいろいろな方とお会いした。昨日お会いしたばかりのY病院理事長ご夫妻、浦河日赤病院の院長・事務部長にも会った。増改築の相談に来たという。皆忙しそうだった。今日はどういう訳か時間があったので、羽田空港の赤坂離宮で昼食。おいしかった。

 本社で院長連盟の役員会があった。話題は豊富だったが、いわゆるボーナスの話題もあった。こういう事態になってくると、処遇の一体化などというのも、赤十字は一つなどというのも単なるお題目になってしまう。医師確保調整手当は各病院でかなりいじってきているわけだし、、、、

 運命共同体か完全な独立採算制かどちらかしか進むべき道はないように思う。私は後3年もないが、頑張ってみるしかない。今日は明日のことがあるので無理をして最終便で帰旭した。かなり辛いものがあった。



小康状態

2009/06/24(水)

 腰の状態は小康状態。少なくとも歩けないほどひどくは無かった。しかし、大事をとって夜の会合は欠席とさせてもらった。些か気は引けたが、、、、

 仮住まいの小児科、形成外科、胸部外科の外来を廻った。地下に新設した口腔外科の外来も廻ってみた。どこもいろいろと問題があるようだ。

 午後、Y病院の理事長夫妻の訪問を受ける。来年のドック学会の顧問就任の件だった。旭川市長、旭川医大学長と3人ということで、喜んでお受けした。本来ならば私に当たっていた学会ではあるが、お願いして良かった。職員の協力を頼みにくい事柄だったので、、、何らかの、お手伝いができれば、私も嬉しい。

 その後、ある病院へ感謝状を持参した。ありがたいことだ。
 医療機能評価のレポートを提出した。レポートを出すときはいつも自己嫌悪におちいってしまう。
 前々回の新潟の細目について質問がきた。以前のことまではとても覚えていない。

 とにかく、これでVer.5とはお別れだ。6 の勉強をしなくてはならない。私たちの病院の前回の講評を読み直してみて愕然とした。指摘を受けた事項が全く改善されていない。そろそろキックオフの行事を行わなくてはならないだろう。

 家に帰ると、息子一家が来ていた。予想はしていなかったので、嬉しかった。これで明朝、腰が何ともなければ言うことはない。明日は日帰りの東京出張だ。



腰痛再発

2009/06/23(火)

 早朝ゴルフの会 緑友会の例会に参加した。はじめから雨だった。雨のため却って不参加を言いにくかった。腰の状態が何となく思わしくなかった。まあ途中で NR しようとスタートした。雨のため 午前4時半では少し暗かった。何とか回れていたが、6ホール目で深いラフの中からアイアンを打った時、やはり腰にきた。
 ハーフでリタイアさせてもらった。家に帰ったらまだ6時少し過ぎだったので、風呂に入り、サロメチールをたっぷりと塗り込んだ。座骨神経痛という痛みではなかった。重い腰痛である。

 病院にでてからも、すこしずつ悪化している。腰の張った感じが強くなっていて、いすに座るのが少し辛い。

 さあ、これからどうなるか。木曜日には東京日帰り。日曜日には北見に出張がある。北見行きはグリーンを予約しておいて良かった。




診療部長会議

2009/06/22(月)

 長く続いてきた入院患者減が少し持ち直してきている。入院一日単価の上昇もあって、4月、5月の医療収入は昨年を凌駕し始めた。ありがたいことだ。このまま続いてくれると、今後大幅な方針の見直し等はしないですむことになる。
 私の方針が間違っているとは思えないので、うまくことが運んでくれることを願いたい。

 夜、診療部長会議あり。特に大きな問題はなかった。半年が過ぎたことでちょっと各科の入院ベッド数の見直しを行った。これからも微調整は必要になるだろう。

 何となく腰痛がある。重い感じが続いている。明日の早朝ゴルフの会は大丈夫だろうか。




医大近辺の方々への説明会

2009/06/21(日)

 朝の練習は大事をとって行かず。午前10時から旭川医大の看護大学の講堂で、地域の方々へのドクターヘリの説明会があった。午後1時からもと二回にわたって行われた。
 予想通りあまり集まらず。それでも、通過しないとならないセレモニーだから、まずはうまくいった。関係各位の努力に敬意を表したい。学長もうまく振る舞ってくれた。どこかでお返しをしなくてはなるまい。日赤病院の近辺の方々への説明会はこうはスムースにはいかないだろう。

 私たちのドクターヘリの就航式に北海道知事が列席することを強く望んでいることを聞いた。これは考慮することが必要だ。本社の意向よりは道の意向の方を優先すべきだろう。

 夜、父の日と公子の誕生日の祝いをかねて皆で  大雪の蔵 へ行った。久しぶりだった。






早朝ゴルフ

2009/06/20(土)

 朝、4時10分にS.Dr.を迎えに行き、4時半からゴルフ。M副院長と3人で廻った。幸いドライバーはまあまあ上向きで、結果もやや上向きだと思われた。しかし、腰痛が現れ始めて参った。悪くならないことを願うのみ。7時前には帰宅。夕べ就寝するのが遅かったので、朝食後少し昼寝。

 午後から病院へ。手紙類は重要なものは無かった。午後2時から当院の講堂で、地域連携に伴う講演会があり、はじめの挨拶をした。市内の病院や診療所から職員が140人ほど集まった。医療安全の専従看護師と感染の認定看護師が講演した。

 帰宅後、妻の生協への買い物につきあった。その後、今回のサーベイの調査票の整理を始めたが相変わらずうまくいかない。



羽田空港にて

2009/06/19(金)

 今は羽田空港にいる。辛い三日間がどうやら無事終了した。受審病院も大変だったのだろうが、我々も大変だ。
 しかし今回の所はクライアント側も我々もあまり構えずに審査を進められて良かった。もちろん自分の病院の受審にあたっては十分きをつけなければという部分があった。私だったらこうするという部分が無いわけではない。しかし、そこまで要求するのは酷というものだ。

 私にとっては、サーベイヤーの仲間が同じ目線で話しをできるだけでも嬉しかった。ストレスがうんと少ないサーベイだった。

 旭川空港について荷物を受け取ってタクシー乗り場に行ってもタクシーが一台もいない。案内にいってタクシーを頼もうとしたら、20分以上かかるからバスの方が良いと言われた。仕方無くバスに乗って旭川駅前にて降りた。そこからタクシーで帰ってきた。空港の連絡バスを利用したのは初めてかもしれない。




二日目終了

2009/06/18(木)

 本当はものすごく辛いはずの二日目がどうやら終了した。頑張っている受審病院に敬意を表したい。私はそれなりに感動を感じた。副院長クラスの大変さがよく判った。比較的順調に動いて、評点をつけることが病院にいる間にできた。

 ただ、機能評価とは関係はないが、病院の将来像には一抹の不安を覚えた。大都市のやや郊外という此の病院の環境を全く理解できていないせいもあろうが、職員のかたが描いているようにうまくことが運ぶのだろうか。私自身は日本の病院の将来像には悲観的な予想しかできなくなっている。

 夜の評点あわせはは、幸いにして8時で終了。ストレスの少ない仲間というのはよいものだ。その後昨夕と同じくホテル地下の居酒屋で夕食。今日は気持ちよく飲めた。

 帰りのタクシーに乗っているとき、土曜日の朝のゴルフの件で副院長から電話あり。平和な話で良かった。




旭川→羽田→吉祥寺

09/06/17(水)

 朝8時半に家をでた。10時の飛行機で東京。そこから吉祥寺まで新宿経由で電車を使った。今回の出張のホテルは吉祥寺東急イン。以前は武蔵野日赤を見学するときにはよく利用したものだ。考えたらここしばらくは武蔵野を訪ねたことがない。

 サーベイの一日目は無事に終了した。いや、無事ではなかった。病院に私は評点をつける書類を忘れてしまった。リーダーにもクライアントの病院にも非常な迷惑をかけてしまった。大いに反省している。夜はホテルの地下の居酒屋で飲食。サッカーを見る時間がなかったが、適当な時刻に切り上げることができた。今回のお仲間は前回のようなことは無かった、



帰旭

09/06/16(火)

 朝、6時53分の電車で札幌から帰旭。駅に近いホテルはやはり気分的には楽だ。そのまま登院。
決済と四役会議ありたっぷりと12時までかかった。ドクターヘリの格納庫の検討に時間がかかった。無尽蔵にお金がかかるようで恐ろしい。これは、なんとか職員のモチベーションを高める最大の手段にならなければ、間違いなく私の責任だ。

 昼食後、医師会へ。決済と説明を受けた。夕方、事務職員の勉強会で今年の病院の方針を伝えた。事務部門は各セクションでそのエキスパートがいるわけで、話にくかったが、他の部門にしたのと同じ内容で伝えた。きっと物足りない職員がいたであろうと思われた。

 その後再度医師会の理事会へ出席。新インフルエンザに対する医師会員の意向調査の件で紛糾した。あまり硬く考えることではないだろうとは思うが、勤務医の立場としては意見を差し控えた。

 結局、夕食もとらずに、旅行鞄をかかえたまま、8時に帰宅した。

 市立病院の院長から、病院学会のお誘いあり。事前登録もしてはいるが、無理ではなかろうか。もう一度検討はしてみよう。明日からまた三日間の出張だ。

 

本社で説明会

09/06/15(月)

 今日は札幌のお祭り。昔は学校が休みでこの日から夏服に変えたものだった。何となく子供の時のことを思い出した。どういうわけか、赤飯と鮭の煮物と母親が思い出された。

 朝の一便で東京へ。本社であることの説明会が有った。わたしは的確に了解していたつもりだが、不満のある院長や担当の事務が集まった。私は連盟の役員として道内の院長に報告する義務があるので参加した。60人ほどが集まった。弁護士の方々も来られてそれなりに意味のある集まりだった。

 所有権と著作権とが、混同してしまっている発言が多くあれでは弁護士もびっくりしたのではないだろうか。それでも、本社の説明義務が欠けていたのは確かなようだ。
 事業局長にお会いしたら、ドクターヘリの就航式の日取りを聞かれてしまった。まだ具体的には考えていないことを思い出した。院長連盟の総会の前後にぶつけたほうが良いのだろう。明日相談してみよう。

 説明会は午後5時過ぎまでかかり、やはり旭川便は間に合わず、新千歳へ飛んで、札幌に宿泊となった。ホテルはグレイスリー札幌。明朝は8時半までには帰旭しなくてはならない。




雨のゴルフ

09/06/14(日)

 朝から雨。その中でドクターズゴルフのコンペに参加。フォレストカントリーで、ここは一年に一度行くかどうかぐらいだ。
 ドライバーは幸い調子が悪くはなかったが、それ以外は全く駄目。パターは言うに及ばず、アイアンも駄目だった。さらに腰の具合が何となく不調だった。

 雨も止まず健康にも、腰にも、手首にも良くない感じで、途中でやめたかったが、医師会の行事なのでそうもいかず、つらい思いをした。今日は孫たちも来ず、早く夕食を食べた。

 明日からまた東京出張だ。



孫たちと遊ぶ

09/06/13(土)

 朝5時から温泉に入った。普通は温泉地の宿の朝5時は空いているものだが、このホテルは朝から温泉に入っている人が多い。仕事で泊まっている人が多いのだろうか。
 朝食はまたバイキングにしてしまった。9時半の電車で帰宅。
 孫たちが遊びにきていた。昨日家に電話したとき、妻が私にあす孫たちが来ると伝えたという。全然覚えてはいない。それならば、もっと早い電車で帰るべきだった。
 ただ、夜まで二人の孫を堪能した。疲れたがそんな贅沢を言ってはいられない。孫を寝かすのに抱いてしまったので、腰痛がおきないかが少し心配だ。明日ゴルフがある。

 今日は久しぶりに休肝日としよう。




道内院長・事務部長会議

09/06/12(金)

 朝病院から出発。その前に忘れ物で一度家に帰って半袖のシャツを用意した。11時の電車で札幌へ。電車は思いのほか込んでいた。

 札幌のガーデンパレスで院長・事務部長会議があった。はじめは支部が主催後半は私が主催した。勤務評定に対する道内の病院の態度の決定をした。その他いろいろと話あった。
 夜は6時半から同じホテルで懇談会あり。それまで時間をつぶすのに、ホテルの地下で結局は飲んでしまった。札幌は よさこい で大賑わいのはずだが、私は全く関係がなかった。

 今夜の宿泊はまたプリンスホテル。本当はすごく優れているとは思わないが、なんとなくここになってしまう。これもきっとホテルにとっては大事なことなどだと思う。部屋が明るい等々最低の条件はきっかりと満たしているからだと思う。朝、温泉を満喫した。

妥結

09/06/11(木)

 夏季手当が妥結した。なんとか下げないですむような良い景気の回復はないものか。入院患者は一時よりは少しずつ回復傾向にはある。嬉しいことだ。なんとか昨年度より収入が上昇しているとすれば、もう少し経緯をみてから、改善計画を練ることもできる。7月の監査に関しても、少し気が楽になる。

 明日の院長・事務部長会議の打ち合わせあり。機能評価機構に前回の資料を返済した。
来週は東京に2往復しなければならない。Ver.5 の最後の審査となる。複雑な心境だ。

 今朝は二日酔い気味で、朝の練習にはいかず。こういうことでは本当に良くない。本当にということでは、長崎の医療マネジメント学会に出席のはずだった。エントリーもしたが、無駄になった。来月の病院学会も少し危うくなっている。




日赤会総会

09/06/10(水)

 夜、日赤会の総会がグランドホテルで行われた。ずっとワインを飲み続けて帰りがよく覚えてはいない。ダイエットが台無しだ。

 Ver.6の勉強をしてみているが、よくは理解できないところばかりだ。まあそのうちになれるのだろうが。自分たちの病院のキックオフをそろそろ始めなくてはなるまい。だまっていたら、秋まで延びてしまいそうだ。機能評価は私が受け持とうかとも考えている。増改築、ドクターヘリと副院長にはいろいろと仕事を押し付けているから。

院内巡回

09/06/09(火)

 早朝のゴルフの例会あり。結果は相変わらず情けない状態だった。さらに気になったのは足が弱ったことだった。以前は絶対に人の後ろを歩くことはなかった。しかしどうも遅れ気味になる。考えたら歩くことが少なくなった。この気持ちの良い時期くらいは、出勤は徒歩でということにしようか。真剣にショックを受けている。

 朝、8時半から院内を回り始めた。婦人科、耳鼻科、外科等の外来の改造が終了した。小児科の前を歩いていたら、下の孫がちょうど受診しているのに会った。ようやく解熱して元気になっていた。安心した。白衣姿の私は異様なようで、あまり懐かなかった。病棟は7階と6階を回った。あすは残りを回ってみよう。

 夜は、旭川グランドホテルで医師会の学校医・園医部会あり。懇談会もあったが、盛会だった。

ドクターヘリの費用

09/06/08(月)

 朝の四役会議で、ドクターヘリの初期投資の費用について話合われた。すこしずつ増えて大変な金額にになるようだ。少し心配になってきた。ここまできたら後戻りはできないが、とにかく、この事業を我々の病院の目玉事業として職員のプライドを保つ材料にしたい。そうならなければ、私の責任である。本社にどこかで説明にいく必要がありそうだ。

 格納庫の完成は10月には間に合わないようだ。それはそれでよい。格納庫のないうちに就航してしまおう。そのほうがが、道北ドクターヘリの方針がはっきりとする。私も今までは意識してマスコミに露出しないようにしていたが、今後は大いに日赤病院の立場を言明していこうと思う。

 市民の方への説明会は、旭川医大が6月21日。日赤が7月2日と5日。医大側ではどういうふに説明するか、興味のあるところだ。

 夜、医師会の夜間急病センター運営委員会。委員会続きもこれで終わりに近づいてきた。ほっとしている。今週はまだまだ続くが、、、

 院長連盟の本部から、10月の総会の案内の第一報が届いた。いよいよだ。

 研修医指導医養成講座については、来年そうそうということになりそうだ。秋には当院の講堂等もあいていないことが分かった。



帰旭

2009-06-07(日)

 昨晩はサッカーを飲みながらみていて、遅く就寝した。
朝はそれでも温泉にまたはいることができた。小雨が落ちていたが、露天ぶろもきもちがよかった。これで、景観がよかったらもっということはないのだが、、、プリンスホテルの朝食は良いと思っていたが、バイキングの朝食には不満。和食にすれば良かった。

 ゆっくりとして、9時半の電車で帰旭。旭川も少し雨模様だった。孫の具合について、電話もこず心配だ。雨があがったので、練習にいくも相変わらず不調だ。
 今週は夜はほぼ毎日医師会の仕事がある。次回のサーベイの準備も必要だ。講習会の件も、結論を出さなくてはならない



北大脳外科同門会

2009/06/06(土)

 午後から札幌へ。北海道大学脳神経外科の関連病院の会議と同門会総会がグランドホテルで行われた。私はずっと欠席していたが、今回は教授選の行方が気になったので久しぶりに参加した。教授選については、なかなか情報が錯綜しているようだった。旭川医大に応募している後輩もきていたが、情勢は混沌としているようだ。北大の結果よりも、旭川医大の教授選挙のほうが、我々には影響がありそうだ。
 当然のことだが滞納していた、会費を3万円払うことになった。懐かしいといえば懐かしいがもう退会しても良いかなとも考えた。

 まあ、私が現役を引退したらああいう会でも大事に思うようになるかもしれない。本当のところは、私にとっては、脳外科についてはあまり良い思い出はない。今回の宿泊はまた プリンスホテル。本当は  本日開店の京阪ホテル札幌 へ泊ってみるつもりだったが、ビジネスホテルの初日は 混雑してどうしようもないと思って変更した。

 下の孫が風邪で発熱していて、その方が心配でたまらない。何度も家に電話をして確かめた。





2009/06/05(金)

 昼に医師会の連絡会議あり。ドクターヘリの話題がいろいろとでた。無線の講習会の費用は出していただくことができそうだ。予算化している範囲内で可能だから。

 臨床研修医指導者講習会の話は難渋している。要するに札幌の会場もホテルもとれないということになった。日を変えるか場所を変えるかしないとならない。まず旭川での可能性を探ってみることにしたい。面倒なものだ。




研修医指導者講習会

2009/06/04(木)

 研修医を指導する指導医師の資格がある。普通は三日間のワークショップ形式の講習会を受講して資格を得る。その講習会を北海道でという話が持ち上がっている。釧路赤十字からが発案で、院長連盟の北海道ブロックの公式行事という認識にしている。

 急に現実味を帯びてきた。本社のA先生にいろいろと相談を始めた。会場は札幌ということになろうが、また私たちの病院の事務部門に迷惑をかけることになりそうだ。会場と宿泊ホテルを押さえるのがたいへんだ。

 ドクターヘリの日赤病院近辺の住民の方々への説明会の日程が決まった。7月2日の夜と5日の午後となった。21日の医大の説明会のさいにも言明しなくてはならない。

 夜、団体交渉あり。お互いにこの不況の時代では大変なことだ。

 

JICA

2009/06/03(水)

 一日中、病院で懸案の事項の確認をした。新しく病院ができあがってくると、とにかく広すぎて廻ることができない。これはちゃんと心して順番に廻らないとどこにも顔をださないことになってしまう。しばらく病棟にも行っていない。何かローテーションを確立する必要がありそうだ。

 機能評価のレポートがまだできていない。そうこうしているうちに次の資料がきてしまいそうだ。午後、コメデイカルの代表の方々に、昨年度の決算の話を事務部長が説明するのに同席をした。たぶん、指定病院に復活するかもしれない。今度はすぐに脱却は難しいかもしれない。

 午後、JICA の派遣で来ておられる方々の訪問を受ける。
 夜は医師会の行事もなく久しぶりにまっすぐに帰宅。




医師会理事会

2009/06/02(火)

 日中はあまり決まった行事の無い一日だった。いままでたまっていた事々を片付けた。合間に前回のサーベイのレポートもまとめようとした。まあ、いつものことだがうまくいかない。もう行くものかと思ってしまう。これもいつものことだが。

 ドクターヘリの住民の方への説明会が本決まりとなった。医大で私も5分間しゃべることになっている。内容をどういう方向付けにするか。微妙なところだ。
 日赤病院の周りの方々への説明の日も決まった。松本から東京経由で大急ぎで帰ってこなければならなくなった。仕方無いが、、、、

 夜、理事会あり。遅ればせながらインフルエンザへの対策体制を作った。開業医の対応への意向調査で少し紛糾した。夜間急病センターを日中使用するのは良いが、誰がそこへ詰めるのか。こういう時だけ、公的病院からとばかり言っていては何の解決にもならない。




医師朝礼

2009/06/01(月)

 以前から、月二回、朝医局で病院からの連絡を伝える朝礼のようなことをしている。全員がでてはいないが、かなりの出席率である。今朝は当院の決算、道内他の日赤病院の様子等を話しをした。
ここまできたら情報をどんどん流すしかないだろう。

 年明けの全国的な医療安全のフォーラム主催の話がでた。良いことだと思う。7月に松本へ行くことになりそうだ。松本は本当は不便だ。
 ドクターヘリ乗務の医師、看護師の三級無線免許拾得の講習会の話もでた。いずれも資金のかかることだ。医師会と相談してみよう。

 旭川医大の周りにすんでいる方々への説明会の話が回ってきた。出席せずばなるまい。日赤会のゴルフの日だがそうは言ってはいられない。

 サーベイの報告書を今週中に仕上げなければならない。この時期が一番いやだ。そうこうしているうちに次の資料が回ってきそうだ。
プロフィール

satoshig

Author:satoshig
 2012年4月から 旭川赤十字病院の名誉院長 となりました。
 現在の仕事のメインは同院の 常勤嘱託医師(検体検査管理加算Ⅳに該当する検査部門担当) です。
● 医療機能評価機構サーベイヤー
● 卒後臨床研修評価機構サーベイヤー


としての仕事も楽しんでいます。

 旭川赤十字病院には、1970年5月 から勤務し、副院長10年、院長を9年間 勤めさせていただきました。
 1966年北海道大学医学部卒業  もともとは脳神経外科医

リンク
最新コメント

最新記事
月別アーカイブ

フリーエリア
QRコード

QR

検索フォーム

RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム